東日本大震災から10カ月が過ぎた。国による第3次補正予算や復興庁設置法なども成立した。しかし、いま改めて自治体の視点から問い直してみたい。大震災の教訓を踏まえ、私達はやがて来る東海・東南海・南海地震などに備えた具体的な行動を起こせているだろうか。

 国の地震調査研究推進本部によれば、東海地震(マグニチュード8程度)は今後30年以内に87%の確率で発生すると予測されており、いつ発生してもおかしくない(図1)。また、内閣府「南海トラフの巨大地震モデル検討会」が2011年12月27日に公表した中間とりまとめによれば、3地震に加え、日向灘南部なども連動する恐れがあり、地震の規模はマグニチュード9.0以上となると想定されている(中間とりまとめのポイント)。

図1●南海トラフ沿い巨大地震の発生確率
図1●南海トラフ沿い巨大地震の発生確率

 今回の大震災の教訓を一言で言うと、「情報は、国民の安全と安心のために欠くことのできない資源であり、行政は情報を自ら提供するだけでなく、企業や市民社会組織と役割分担して、早く、正確に、わかりやすく、関係者に伝える体制を整備する必要がある」ということだ。地震・津波警報、避難誘導情報、安否情報、被災地ニーズなどは生命の安全と生活の安心に不可欠であり、災害時には、行政がこうした不可欠情報を独占的に提供する役割から、その流れを良くするファシリテーターの役割へと軸足を移す姿勢を明確に示す必要がある。

 やがて来るマグニチュード8~9クラスの地震とそれに伴う津波に襲われた時に、東日本大震災の教訓が生きたと言えるには、どのような準備をしておくべきなのか。3つの問いに答えることによって考えてみたい。

問1:ICTで命を救えなかったのか?

 第1の問いは、「ICTで命を救えなかったのか?」というものだ。宮城県情報政策課長の佐藤達哉氏は「業務を止めないというよりも、ICTで救えた命がもっとあったのではないか」と、熊本市で開かれた都道府県CIOフォーラム第9回年次総会で指摘している(関連記事)。もう一度、問い直したい。私達は、現時点で予測される最大規模の地震と津波に襲われた場合に、死傷者・不明者を最小化するための具体的な行動を、電子行政の観点から起こせているだろうか。

 今回の人的被害の特徴は、(1)死者・不明者数が負傷者数の約5倍に上り、被災者の致死率が8割を超えていること()、(2)死者の9割以上が津波による溺死であること(図2)、(3)年代別にみると死者の6割以上が60歳代以上の高齢者だということだ(図3)。多くの高齢者が逃げ遅れ、津波に巻き込まれて死亡したと推定できる。逃げ遅れの原因が、津波が来ることの覚知が遅れたのか、避難の初動が遅れたのか、移動困難だったのか、指定された避難先に到達したにもかかわらず津波に巻き込まれたのか不明である。しかし、こうした災害時に援護を必要とする者の避難支援においてICTが果たせる役割はいろいろと考えられる。

表●東日本大震災による都道府県別の死者・不明者と負傷者の比率 [2011年5月30日時点]
出典:平成23年版防災白書
  死者 不明者 負傷者 死者不明:負傷(比率)
宮城県 9122 5196 3459 1:0.24
岩手県 4501 2888 166 1:0.02
福島県 1583 411 236 1:0.12
茨城県 23 1 694 1:29
千葉県 19 2 249 1:12
東京都 7 0 90 1:13
その他 15 1 469 1:29
全体 1万5270 8499 5363 1:0.22

図2●東日本大震災における死因(岩手県・宮城県・福島県)
図2●東日本大震災における死因(岩手県・宮城県・福島県)
図3●東日本大震災における死者と地域人口の年齢構成比較(岩手県・宮城県・福島県)
図3●東日本大震災における死者と地域人口の年齢構成比較(岩手県・宮城県・福島県)

 例えば、操作が簡単なGPS(全地球測位システム)機能付きの携帯電話をお年寄りに常に携帯してもらい、非常時には緊急警報を発したり、最適な避難場所まで誘導したりできないか。緊急時には、近隣の避難支援者にお年寄りの所在位置を自動通報できないか。消防隊や消防団が、要援護者の所在位置を知り、救援に駆けつけるシステムはできないか。こうしたシステムを、使い慣れている既存の防災・防犯一斉メール通報システムと連動させることはできないか。また、高齢者・身障者などが必要なICT機器を使いこなすためのICTリテラシー教育は十分に提供されているだろうか。

 災害弱者の命を守りきるということは、災害時に、援護者が、避難困難者の所在地を速やかに確認し、駆けつけ、避難所まで誘導することにかかる時間を、津波が到達するまでの時間内に完結させることである(図4)。最大級の津波が発生した場合に、安全な避難所から最も遠くに住んでいる移動困難な一人暮らしのお年寄りを、津波が到達する前に、安全な避難所まで移動させられるのか。誰がどの避難困難者をどの避難所へどのような手段で避難させるのか。一人ひとりに対応したきめ細かい救助プランは立っているだろうか。

図4●津波到来までに逃げるためのモデル式
図4●津波到来までに逃げるためのモデル式

“情報団”組織化や災害情報訓練による被災者ニーズの発信力強化が必要

 被災者と専門的支援をつなぐプロジェクト「つなプロ(被災者をNPOとつないで支える合同プロジェクト)」代表幹事の田村太郎氏によれば、阪神淡路大震災では避難所で500人の命が失われたという。避難所や仮設住宅での安全・安心の確保は重大な課題である。

 私が個人ボランティアとして参加したある避難所では、被災地ニーズや被災者情報をインターネットなどを介して発信する力が欠けていた。田村氏は、阪神淡路大震災の経験を踏まえて、「本当に困っている人は困っている内容を言葉にできないので、被災者に聞いてもニーズはわからない。また、ミクロの支援ニーズはインターネットのマッチングでもタイムラグが生じてしまうので、専門NPOにだけオープンにした方が良い。インターネットでの支援ニーズ発信は、避難所を面で捉えて、今後こういうことが起こる、こういうことが必要になるという将来支援ニーズの情報発信でないと間に合わない」と、日本財団のNPOフォーラムで指摘した。

 一番支援が必要な被災直後は、被災者はニーズを整理して発信できる状態になっていない。この意味で、総務省情報通信審議会新事業創出戦略委員会のICT利活用戦略ワーキンググループが2011年6月に出した第1次とりまとめが提言している「情報団」の組織化や「災害情報訓練」の実施は的を射ている。「あらかじめ、ICTによる地域づくり等を積極的に行っている方々を“情報団(地域ICT活用人材)”として組織化し、また、育成して、災害時には、インターネット環境の設定・運営やそれぞれが必要としている情報提供を行うとともに、このネットワーク等を通して外部にニーズ情報等を発信する、“共助”の仕組みを形成することが有効と考えられる」というものである。

 私が支援している自治体では「消防団」組織に機能追加するかたちでの「情報団」の組織化の検討を開始している。全国の自治体は、「情報団」の組織化、「災害情報訓練」の実施に向けて本格的に取り組んでいるだろうか。