以前投稿された全米科学財団の「イノベーション部隊」の続報。ブランク氏が協力している同プログラムに参加した大学教授は、研究に対する考え方が大きく変わった、ユーザー視点で研究発表をとらえて相手の興味をひくコミュニケーションを考えるようになったと語っている。(ITpro)

 私たちは、全米科学財団(NSF)が主催する「イノベーション部隊」(Innovation Corps)において、米国の大学の研究所から最も将来性があるプロジェクトを選び、それに携わる科学者にアントレプルナーシップの基礎を教えている真最中です。その目標は、科学者たちによる革新技術の“商品化”を加速することです。私たちのリーン・ローンチパッド(身軽な打ち上げ台)クラスでは、科学者とエンンジニアに対して、企業を始めることは、仮説のテストと実験を繰り返す研究プロジェクトを始めることであること、さらに、ビジネスモデル/顧客開発/アジャイル開発解決スタック(積み重ね)手法を活用して解決できる、研究プロジェクトの一つであると教えています。つまり、科学的手法をスタートアップに応用したと言えるでしょう。

 私は通常、授業が行われている最中に授業のことは書かないのですが、NSFの主任研究員の一人であるサティシュ・カンドリカー氏が、リーン・ローンチパッド・クラスのブログに投稿した、感動的な感想を引用せずにはいられなくなりました。

カンドリカー氏に芽生えた起業家精神

 サティシュ・カンドリカー氏は、ロチェスター工科大学の機械工学科で過去21年間にわたり教鞭を執っています。彼の専門は、沸騰流、熱流束、接触線熱伝導、冷却技術、高度な冷却技術です。

 彼のチーム「アカラ・ライティング」は、LED光源用に市場に出回っているどの部品よりも発熱を50%低減する部品の開発を目指しています。その部品があれば、LED光源は高性能になり、コストも下がります。

 そして以下が、リーン・ローンチパッド・クラスでの彼の経験に関するコメントです。

 これは、 大学の主任研究員から転向して、技術スタートアップ企業を経営したいと思っている者にとっては、全く「開眼」的な経験です。心の持ち方を変えるのが、成功に向けた重要な要因だと思います。私たちの前途に出くわす落とし穴を指摘し、その解決策を見つけることを指導してくれる教育チームは、ただただ素晴らしいと表現するしかありません。彼らは技術の方程式の反対側にある「市場の受け入れ方」を教えてくれました。こうした指導と支援が得られる私たちは、非常に幸運でした。

 私が報告したい貴重な発見は、私たちのメンター(助言者)が、私たちの熱問題に関する解決策を、様々なLED製品に適用するだけでなく他の用途にも応用すれば、私たちがヒートパイプ企業として成功するのではないかと示唆してくれたことです。その助言を受け、私たちは再度「ピボット」(小さな方向転換)をしました。その結果、私はデータセンターの冷却方法を提供している企業と、配電盤の冷却システムを提供している企業を訪問しました。この最初の非常に前向きな話し合いがきっかけとなり、これから重要なアライアンスができることを期待しています。

 私の中で進行している根本的な変化の一つは、以前とは全く異なった観点から研究を見ていることです。私が心の中で考えている研究とは、今や論文を発表することや学生を卒業させることではありません。今の私にとって研究とは、市場に受け入れられる製品に、どのように応用できるかということなのです。私の授業において学生とのやり取りの重要な目的は、彼らにこのすべてのプロセスを理解させ、一定の影響を与え、学んだ知識を製品開発に転化することを熱望するように動機づけする、といったことになりました。

 もう一つの「開眼」はコミュニケーションです。学術的な環境での研究発表は、知識を基にした研究論文であり、その応用性についてはあまり理解していません。論文を読む人を知ることは、あまり重要ではありません。「見ず知らずの人への飛び込み訪問」を経験した後、最初の数分の話し方で相手に興味を持たせる方法があることを知ったのは、ただ驚きです。話し相手のニーズが何かを知ることが、大切なステップなのです。

 今では、ブランク氏が言っていた「会社の建物の外に出ろ」の本当の意味がよく分かります。「会社の建物」とは自分自身の心の持ち方を意味することであり、単に実際に外出することでも、外部の誰かにコンタクトすることでもないと悟りました。

 このブログを投稿した目的は、私が学術者からアントレプレナーへの転身の始まりを記録することでした。私は、間違いなく転身を楽しんでいます。

新しい時代に向け、科学者が解放される

 50年以上前、シリコンバレーは科学者とエンジニアの主導のもと、応用実験の時代から始まりました。現在から50年後には、この今の時代を別の改革の始まりだと振り返る時が来るでしょう。その改革では、科学的発見と技術的革新が、以前には見られなかった速度で社会に統合され、アントレプレナーシップと技術革新に基づいた米国経済に向け新しい時代を解き放つのです。サティシュ・カンドリカー氏のような科学者とNFSが、それを先導するでしょう。

2011年11月15日投稿、翻訳:山本雄洋、木村寛子)

スティーブ・ブランク
スティーブ・ブランク  シリコンバレーで8社のハイテク関連のスタートアップ企業に従事し、現在はカリフォルニア大学バークレー校やスタンフォード大学などの大学および大学院でアントレプレナーシップを教える。ここ数年は、顧客開発モデルに基づいたブログをほぼ毎週1回のペースで更新、多くの起業家やベンチャーキャピタリストの拠り所になっている。
 著書に、スタートアップ企業を構築するための「The Four Steps to the Epiphany」(邦題「アントレプレナーの教科書新規事業を成功させる4つのステップ」、2009年5月、翔泳社発行)がある。