顧客接点を鍛えるには、「買い手よし」に集中するのが近道だ。情報システムを活用し、ユーザーインタフェースを変えつつ顧客の手間を省略していく。買い手が満足すれば、売上増などの形で、売り手にも恩恵が巡ってくる。スマートフォンアプリを導入して利便性を向上させた、日本交通の例から見ていこう。

日本交通:出先で手軽にタクシーが呼べる

 出先で突然の大雨。待てど暮らせどタクシーは来ず、ようやく配車センターに電話がつながったと思ったら、今度は現在地がうまく伝えられない――。

 こうした顧客の不満と真摯に向き合うことで、新たなビジネスチャンスを見つけたのが、都内タクシー最大手の日本交通だ。

 同社は2011年1月にiPhone版、2月にAndroid版の「日本交通タクシー配車」アプリをリリースした(図1)。ダウンロード数はすでに5万件を上回る。「アプリ経由の配車は累計で1万台を軽く超え、そのうち約80%が新規顧客だ」と総合営業部無線センターの鈴木一寿氏は胸を張る。

図1●スマートフォンアプリを使った日本交通の配車システムの仕組み。スマートフォンの地図上で乗車したい場所を指定すると、自動的にユーザーの近くにいるタクシーを配車する
図1●スマートフォンアプリを使った日本交通の配車システムの仕組み
スマートフォンの地図上で乗車したい場所を指定すると、自動的にユーザーの近くにいるタクシーを配車する
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GPSで現在地を自動的に特定

 アプリの特徴は大きく三つある。まずは、スマートフォンならではの使い勝手の良さだ。

 利用者がiPhoneなどで専用アプリを起動すると、内蔵のGPS(全地球測位システム)を使って顧客の現在地が地図上に表示される。画面上の現在地をタッチすることでタクシーを呼ぶ位置を指定する。名前や電話番号などを入力した後に「注文」すると、早ければ30秒ほどで、タクシーが何分後に来るかが表示される。目的地をアプリ上で指定すれば、概算料金を確認できる。利用エリアは東京23区が中心だ。

 「電話だと現在地を説明するのが面倒なので、広い道に出てタクシーを拾おうとする人が多い。しかし、アプリを使えば現在地が自動的に特定されるので移動せずに済む」。システム関連会社の日交データサービスでアプリ開発に携わった若井吉則氏はこう語る。

 アプリを使うのは、400円の迎車料金を払ってでもタクシーに乗りたい顧客だ。一般道でタクシーをつかまえる乗客よりも、平均客単価は高くなるという。

 日本交通は以前から、携帯電話でタクシーを呼ぶための専用Webサイトを設けていたが、操作が複雑だったためあまり使われていなかった。その反省からスマートフォンアプリでは、ユーザーインタフェースを分かりやすくすることに心を配った。実際に日本交通のアプリは、事前の会員登録などが不要で、ダウンロード後すぐ使えるようになっている。

大雨時でも確実につながる

 二つめの特徴は、スマートフォンのアプリから無線配車システムに直接アクセスできる点だ。

 電話による配車依頼の場合、突然大雨が降ったりすると、配車センターに電話が集中し、つながりにくくなるケースがあった。パケット網を利用するスマートフォンアプリなら、電話回線やオペレーターを介さず、スムーズに注文できる。電話の混雑により逃してしまった顧客を、アプリを使えば取り込めるわけだ。

 配車業務を簡略化できるという特徴もある。無線配車センターで電話オペレーターが注文を受けた場合、オペレーターがキーボードを使って迎え先などをシステムに入力する必要がある。

 一方、スマートフォンアプリ経由で注文があった場合は、迎車位置などは既にアプリ上でデータとして認識されている。「人間の代わりにiPhoneが“オペレーター”となり、配車システムに必須情報を自動入力してくれるイメージだ」と鈴木氏は話す。