Steve Jobs氏が米Apple社で生み出した製品を振り返ってみると、1980年代の「Macintosh」、1997年に復帰した後にはカラフルな筐体で人気を呼んだ「iMac」や携帯型音楽プレーヤー「iPod」、スマートフォンの「iPhone」、タブレット端末「iPad」などが挙げられる。これらはすべて個人に向けた製品であり、革新的な製品だったといえる。

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 私は、ソニーなど家電メーカーで長く製品開発に携わってきた経験から、新たな価値を持った製品は大きく2種類に分類できると考えている。「従来の製品や、その利用シーンを置き換えるもの」と、「従来の製品と並存するもの」だ。Jobs氏は、主に前者の製品を開発することで市場を切り開いてきた。

 例えば、Macintoshは、プログラミングに長けた利用者だけが使うことを許されたコンピュータを、GUIの活用で一般消費者が簡単に操作できるようにした。これが、個人向けパソコンの市場を作り出すキッカケになった。iPodはソニーの「ウォークマン」を、iPhoneは従来型の携帯電話機を、iPadはネットブックを、それぞれ置き換えた。

 一連のApple製品が、既存製品を置き換えられた理由は、利用者が新しい生活を楽しめるシンプルなUIを備えていたからに他ならない。シンプルで、かつ格好良いUIの導入によって、誰もが好きになり所有したいと感じる製品に仕上げた。

ソニー本社にやってきたJobs氏

 それだけではない。Apple社は、魅力的な製品を適正な価格で安価に大量に販売した。その上で、多くの機器メーカーがなし得なかったコンテンツ・ビジネスを具現化したわけだ。

 Jobs氏は、基本的にはオープン戦略ではなく、自社の技術基盤を使った独自路線を貫いた。この路線で成功を収めるには、常に他社に先駆けた斬新なアイデアの製品を生み出し続けることが大前提となる。

 とはいえ、Jobs氏も、すべての製品で初めから独自路線を考えていたわけではない。製品によっては、特定の企業との協業を模索していた。私がソニーで無線機能付き液晶テレビ「エアボード」を開発した直後の2001年のことだ。Jobs氏が来日し、ソニーの本社を訪れたことがあった。

 会議の席でJobs氏は、ソニーに「携帯型音楽プレーヤーを一緒に開発しよう」と提案してきたのだ。当時のApple社は、iMacで成功を収めたばかり。これは、パソコンでは自社の独自路線を基本としながらも、他の分野では特定のパートナー企業との連携を進めようとしていた証左だろう。

 Jobs氏がソニーと組もうとした本当の理由は分からない。個人的には、ヘッドホンで聞く携帯機器だけではなく、家庭用の音響機器やカーオーディオを手掛けていたソニーとの協業によって、従来の携帯型音楽プレーヤーの市場を置き換え、新たな音楽市場を一気に立ち上げようと考えていたのではないかと推測している。