決しておもねることのないエンジニア、渡瀬浩市。一方で渡瀬の友人、笹波武史は、マネジャーとしての道を選択し、世界的企業の社長にまで上り詰めた。二人の再開のきっかけを作ったのは、ITをテーマにしたビジネス小説を書いた渡瀬の秘書、高杉伊都子だ。伊都子は純国産にこだわるエンジニア集団を「新選組」に例えていた。なぜ「新選組」に例えたのか?という笹波の質問を契機に、その真相が今、明かされようとしていた。

 秀塾義塾学院大学の正門が面する通りの向かい側に、白壁のお洒落な喫茶店「カンタービレ」がある。いつもBGMにはクラシックがかかり、学生達の憩いの場になっていた。

 初回の講義を終えた高木が私達3人を案内してくれた。ドアを開けるとリストの「ラ・カンパネラ」が流れていた。

 「高木社長、カッコ良かったです!きょうの講義のことも『月刊パソコン部ニュース』に是非、書かせて下さい。僕たち秀塾義塾学院中学でも、きっと高木社長の講義内容は評判になると思います」

 京太郎はまだ興奮していた。

 「ありがとう!金田君。全国中学生新聞で最優秀賞を受賞した『月刊パソコン部ニュース』でまた記事にしてくれると光栄だな。金田君に誉めてもらったから、きょうは皆さんにケーキをご馳走しましょう」

 「やった!」

 京太郎はガトーショコラが大好きだった。ウェイトレスがコーヒー三つとオレンジジュース、それにガトーショコラを四つ運んできた。

 「ケン・コンピュータのお仕事もお忙しいのに、大学で講義もなさり、ますます多忙でいらっしゃいますね」

 「若い人を育てたいとずっと思っていました。本当に日本の人材不足は年々深刻化しています。優秀な人材育成のために、講師のお話を頂戴しましたので、喜んでお引き受けしました」

 「高木は何事も躊躇しない男だからな。高木から『時間がない、忙しい』という弱音を聞いたことがない。ひるまぬ男だよ。おまえは」

 辛口の渡瀬は滅多に人を誉めたことはなかった。まして、エンジニアに対しての評価は歯に衣を着せないものがあった。その渡瀬が誉める高木は、まさにエンジニアの中のエンジニアだった。

 「高杉さんの小説を読んだ大学生から、『新選組の近藤勇の比喩で登場されますが、高木先生の末路はどうなってしまうのですか?』」と質問のメールがきたのですが・・・」

 「新選組は、あくまでも比喩です。そのようなことを気になさるなんて、一人で北から南まで250社以上の営業を取ってきた“ひるまぬエンジニア”の高木社長らしくないですね。
私は、末路がどうしたということで高木社長や金海部長を新選組の比喩で登場させたのではありません。剣の強さでエンジニアの実力を表現したかったのです。ITビジネス小説だからといっても、読者はエンジニアやIT関連の方だけとは限りません。私は一般のOLや主婦、学生にもこの小説を読んでもらいたかったのです。
そのためには、エンジニアの実力を『剣の強さ』で表せばイメージできるのではないかと思ったのです。幸い、渡瀬所長が居合道、真我流五段という腕前でしたので、剣のイメージができました」