決しておもねることのないエンジニア、渡瀬浩市。一方で渡瀬の友人、笹波武史は、マネジャーとしての道を選択し、世界的企業の社長にまで上り詰めた。二人の再開のきっかけを作ったのは、ITをテーマにしたビジネス小説を書いた渡瀬の秘書、高杉伊都子だ。伊都子は純国産にこだわるエンジニア集団を「新選組」に例えていた。なぜ「新選組」に例えたのか?という笹波の質問をきっかけに、日本のソフトウエア産業の人材不足へと話題は展開した。新撰組に至ったのは、ケン・コンピュータの高木社長が存在したからだ。高木社長は、京太郎が通う秀塾義塾大学で『ネットワーク情報講義』を持っていた。

 「この講座ではコンピュータネットワークについて説明します」

 都内にある秀塾義塾学院大学の300番教室は、200人の定員が満席だった。創立百年以上の伝統と歴史がある名門大学であり、政財界や医学界に多くの逸材を排出している。

 「ネットワークトポロジーとして、スター型、リング型、バス型、階層型、フルコネクト型、メッシュ型があります」

 グレーのストライプのスーツを着たケン・コンピュータの高木俊彦社長は、落ち着いた声でプロジェクターの図を説明し始めた。会社で出会った高木とは違う、大学講師としての表情の高木がそこにいた。

 渡瀬と京太郎、私の3人は、学生に混じって、中央の前から5列目の席に座っていた。自分への講演依頼はほとんど断ってしまう渡瀬だが、自分の友人であり、優秀なエンジニアの講演や講義は、招待されればこうして出向くことがあった。

 「高木社長、かっこいいね!」

 京太郎は目を輝かせながら、大学ノートにメモを取り始めた。

 「スター型トポロジーは車輪のように見えますから、ネットワークの中心部をハブと言います」

 私は10BaseTでスター型のネットワーク構築をした笹波のことを思い出した。

 「TCP/IP(Transmission Control Protocol/Internet Protocol)は、インターネットなどで使われている基本的な通信プロトコルで、『TCP』と『IP』を複合した呼び方です。プロトコルとは通信手順や通信規約のことを言います。
1969年に米国国防高等研究企画局(DARPA)で、核攻撃によってネットワークの一部が破壊されても全体が停止することのないネットワークを作るための研究が始まりました。その開発過程でTCP/IPが生まれました。その後、インターネットにおける通信プロトコルとして採用され、UNIXをはじめとする多くのOSに実装されたことで急速に普及したのです」

 「白山公園で渡瀬所長が、マルチバリューモデルを扱えるデータベースミドルウエアの起源になったトーマス・ゴードンさんの『THOMAS OS』についてお話してくれましたが、トーマス・ゴードンが米国陸軍の『GIRLS(汎用情報検索言語)プロジェクト』において、IBMメインフレームのSystem360上で、THOMASを開発したのが1965年ですから、同じ頃の話ですね」

 京太郎は大学ノートをめくり、以前メモした欄を見て言った。

 「そのとおり。歴史も大事だからこの機会に覚えておきたまえ」

 そっと渡瀬は耳打ちした。

 「プロトコル階層は7層あります。分かりやすく、Aさんの手紙がBさんに届くまでを例に挙げて説明します」

 プロジェクターには人物Aと人物B、手紙、ポスト、郵便局のマーク、トラック、電車のイラストが表示された。