決しておもねることのないエンジニア、渡瀬浩市。その友人である笹波武史は、マネジャーとしての道を選択した。渡瀬の秘書、高杉伊都子は、エンジニアをモデルにした小説を執筆するために笹波にインタビューしたが、マンションの隣室に住む中学生、金田京太郎は、高杉が一人で笹波にあったことを知り、渡瀬に笹波のことを教えてほしいと頼み込んだ。コンピュータについて好奇心旺盛な京太郎に少年時代の自分を見る渡瀬は、京太郎を可愛がっており、伊都子と京太郎を研究所に招き、講義を始める。

「残念ながら金田君が好きなロボットアニメ、エヴァンゲリオンではなく、エバンジェリストです。しかし、エヴァンゲリオンは実に面白いアニメですね。今ここでエヴァンゲリオンについて語っていると、それだけで時間を費やしてしまいますので、話を戻します。
エバンジェリストとはもともとはキリスト教の『伝道師』という意味があります。最近はIT業界において使われている肩書きでもあります。企業の技術や設計を世間に広める役割を担います。技術開発に関与し、深い専門的な知識や開発した技術の素晴らしさを世間に分かりやすく伝える、それが主な役割です」

 「ですから、渡瀬所長の講義は私達、素人にも分かりやすいんですね。技術的なことを一般の人にもわかりやすく説明できるということは本当に理解していないとできないですよね」

 「僕の学校の先生にも色々なタイプの先生がいますが、僕は、生徒一人一人の気持ちを理解して授業を進めてくれる渡瀬所長のような先生が良いな!」

 「お褒めに預かり光栄です。それではきょうは、日本とアメリカのSEについて概念的な説明をいたします。日本でSEといえば、SIを行う際に設計または開発を担当するエンジニアを言います。SIのことを金田君も聞いたことがありますか?」

 「パパがよく『SIer』って言っているけれど、システムインテグレーションのことですよね」

 「そうです。顧客がシステムを導入する際に、目的に適したシステムの企画・立案から、ハード/ソフトの選択、さらにソフトの開発や保守までを行うことです」

 「OSやDBMSなどの製品を研究・設計・開発するようなエンジニアを、日本では普通、SEとは呼びません。
一方のアメリカでは、エンジニアとテクニシャンという区別があり、そのエンジニアの中にシニアとかチーフといったランクがあります。ちなみに、テクニシャンとは、エンジニアのために前段階の用意や試験を専門に行う技術を持った人のことです。また欧米では、シニアプログラマーは一般に言われるエンジニアに比べて大変尊敬されるべき呼称でもあります」

 「日本と欧米では、コンピュータエンジニアについての考え方が随分違うんですね。日本は何て言うか、エンジニアの人たちはシステムの内部を構築しているので一般の私達は知らないことが多いですよね。素晴らしい技術を持ったエンジニアの方は日本にもたくさんいらっしゃるのに。日本は特にエンジニアの方を評価することが欧米に比べて低いような気がします」

 「だから、僕も『月刊パソコン部ニュース』で優れたエンジニアをこれからもどんどん紹介したいんだ!」

 「ピンポーン、ピンポーン」

 その時、玄関のチャイムが鳴った。

 「ワゴン車が止まったから届け物かな?僕、見に行って来る」

 ブラインドの隙間から通りを覗き見た京太郎は、もう玄関に飛び出して行った。