テクノロジーがもたらす価値を社会に還元するために、常に最善を尽くすという姿勢を貫く渡瀬浩市。一方で渡瀬の友人、笹波武史は、マネジャーとしての道を選択した。渡瀬の秘書、高杉伊都子は、エンジニアをモデルにした小説を執筆するために、渡瀬から紹介された笹波にインタビューした。そんな高杉伊都子が住むマンションの隣室には、中学でパソコン部に所属する金田京太郎が住んでいる。京太郎はコンピュータについて好奇心の塊だった。
「ピンポーン!」
金曜日の午後5時半、マンションのドアフォーンが鳴った。
ドアスコープから確認すると、隣に住む金田京太郎が学校帰りの制服のまま立っていた。金田京太郎は秀塾義塾学院中学の2年生でPC部の部長である。私が先に書いたWebサイトの連載小説『東京白山エンジニア物語』にも登場してもらった。
京太郎は、秀塾義塾学院中学のPC部で『月刊パソコン部ニュース』を発行している。渡瀬浩市と渡瀬の友人である高木俊彦社長が経営する会社、ケン・コンピュータが開発した「Xjoin」を取材して書いた「データベースの魂と純国産にこだわる新選組のようなエンジニア集団」という特集記事は、全国中学生新聞で最優秀賞を受賞した。
「京太郎君、こんにちは。どうしたの?」
「こんにちは。渡瀬所長から聞きましたよ」
色白で黒目がはっきりした美少年であるが、その日はなぜか目がつり上がっていた。どうも機嫌が悪いらしい。
「笹波武史さんに取材されたそうですね?」
「そうだけど・・・。それが何か?」
「僕は伊都子お姉ちゃんを本当のお姉ちゃんのように慕っていたのに」
「私だって、京太郎君を実の弟のように思っているわよ。まあ、とにかく部屋に上がりなさい」
玄関先でまだ目をつり上げている京太郎をリビングへ通した。
「ジュース、飲む?」
「いただきます。どうして僕を誘ってくれなかったんですか?」
「何が?」
私は京太郎の目の前にオレンジジュースとクッキーを運んだ。
「笹波武史さんの取材に誘ってくれなかったってことです」
「別に京太郎君に内緒にしていた訳ではないけれど、ワトソンシステムは世界的な企業でしょう。その社長さんだから、取材に応じて下さる時間が夜の8時から9時までの1時間だけしかなかったの」
「それに赤坂ゴールデンヒルズホテルのスカイラウンジは、夜はバーラウンジになるので」とは、京太郎には言えなかった。
「確かに夜の8時から10時までは僕の勉強タイムです。いかなることがあろうとも、この勉強タイムの予定を変更する訳にはいきません。ママと誓ったことですが、それ以前に自分自身への誓いでもあるのです。結論から言いますと夜の外出は無理であるということです」
クッキーをつまみ、ジュースを飲む京太郎の表情は、その大人びた口調とは裏腹に、中学生らしい表情に戻っていた。
「代わりに渡瀬所長が明日の土曜日に笹波武史さんについて、僕にも話してくれるそうです。だから、僕と一緒に明日の午後2時に渡瀬研究所に行きましょう」
「渡瀬所長とそんな約束までしたの?」