テクノロジーがもたらす価値を社会に還元するために、常に最善を尽くすという姿勢を貫く渡瀬浩市。一方で渡瀬の友人、笹波武史は、マネジャーとしての道を選択した。米国に本社を置くワトソンシステムに入社した笹波は、オフコン部隊に配属されSEとしてのスタートを切った。そこで笹波は長島二郎と武市寅雄という二人と出会う。後に「ネットワークの達人」と言われた笹波の原点が、ここにあった。

 笹並の部屋では毎晩、同期の3人でコップ酒を飲んでいた。に、武市は実家の料理屋から送ってきた土佐の地酒を持ち込み、最近やっと1件開店した品川通り添いのコンビニで長島が買ってきたさきイカがつまみだ。

 英語が苦手だというだけあって、確かに武市寅雄は18人の中で一番苦戦していた。研修も3カ月を過ぎていた。

 「マニュアルだと思うから拒絶反応を示すんだよ」

 笹波は顔色を変えず、2杯目をコップに注いだ。

 「だって、マニュアルはマニュアルだよ!俺の人生はあの15センチの分厚い英文に支配されて、完全に身動きが取れんのだ。俺は夢を抱いて、東京で就職したんだ。しかも外資系だから金髪のスリムなアメリカ美人OLと親しくなって、それで苦手な英語が克服できると思ったんだ。
笹波は入社試験もトップだし、1日でマニュアルを読破したっていうじゃないか。おまえのようなビジコン部隊のエースには俺の気持ちがわかってたまるか!」

 武市は荒々しく、3杯目をコップに注いだ。

 「ワトソンシステムの試験を受ける前に、俺は色々この会社についての本を読んだ。その時、アメリカのパートナー会社の社長が書いた本に『ラブレターを読むようにマニュアルを読め』という言葉があったんだ。とても印象的だった」

 「『ラブレターを読むようにマニュアルを読め』か、いい言葉だな」

 長島も頷いた。

 「だが、俺にはラブレターをくれるような女はおらん。笹波は身長182センチで足も長く、色白の色男だ。英文ラブレターもぎょうさんやにゃあ」

 地黒の武市は酒を飲むと一層、赤ら顔になった。体格も良く、まるで仁王が怒っているようだった。

 「自分の好きな外国の女優を想像するんだよ。武市の好きな洋画があるだろう。そのシーンを思い描いて、女優からきたラブレターとしてイメージを膨らますんだよ」

 顔色を変えずに地酒を飲む笹波だが、意外に親身だった。

 「武市さんの好きな外国の女優って、マリリン・モンローじゃないですか!?」

 長島はマリリン・モンローのセクシーポーズを真似して言った。