東日本大震災の際、デスクトップパソコン製造の富士通アイソテック(福島県伊達市)は、震災発生から僅か2日後に島根富士通への生産移管を決定、12日目の2011年3月23日にはデスクトップパソコンの生産を再開できた。この事業継続の成功事例は、IT業界のみならず、多くのメーカーの注目を集めてきた。2005年より富士通グループの事業継続マネジメント責任者を務めてきた著者が、社内事例も交えつつ、実効性のある事業継続マネジメントを説く。

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 災害事象に多くの日本企業が翻弄されている。2011年3月の東日本大震災発生、さらに福島第一原発の事故、長期にわたる電力供給の大幅な不足、夏には台風12号による豪雨災害、そして秋にはタイで大洪水が起こった。その被害は大きく、復旧・復興に向けた活動は現在進行形である。

 富士通グループは、1995年の阪神・淡路大震災以来、防災能力の向上に努めている。2004年からは重要業務の継続に起点を置いた事業継続マネジメント(BCM)の活動を強化、富士通総研と共に危機管理能力の向上を継続してきた。

 今般の東日本大震災では、富士通グループの営業所や工場を中心に50以上の拠点が被災し機能停止に陥った。あらかじめ定められたBCP(事業継続計画)に基づき効果的な対応を取った結果として、早期の再開を果たした製品やサービスもあった。反面、計画の不備や判断の遅れなど様々な課題が浮き彫りとなったことも事実である。

 富士通総研では、富士通グループのみならず、様々な企業の対応行動を検証し、従来の事業継続マネジメントの課題と今後の方向性の整理を続けている。東日本大震災をこれまでの取り組みの評価と、さらに高度化するための機会とするためである。本連載では、この取り組みの一端を紹介していきたい。

Howばかり現場に教えても意味がない

 「BCM」ほど人により定義が異なり、誤解を生みやすい言葉はないだろう。BCMの活動目的を「計画(と言うより文書)を作成すること」とする誤解がいまだにまかり通っている。

 BCMにおける計画文書は目的では無く手段である。それにもかかわらず、取り組み理由や目的を明確にせずに取り組む企業が後を絶たない。結果として、必要の無い、役に立たない文書が積み重なっている。

 現在世の中に溢れているBCMに関する情報のほとんどは、BCPの作り方や対策の実施方法に関するものである。手段(How)ばかりを教えて,取り組みの理由(Why)や目標を説明していない。やることだけを現場に伝え、監査や認証制度を導入するなどして無理やり活動させようとする事例が目につく。

 なぜ10年近くも、国や自治体、様々な専門家が総力をあげて普及啓発に取り組んできたにも関わらず、BCPに取り組む企業が過半数にも満たないのか。その理由はまさにここにあるのではないだろうか。

 目的も教えずに監査や認証制度を入れることは、現場のモチベーションを削ぐ。錆びついた歯車を油も差さずに無理やり回そうとする試みが長続きなどする訳がない。残念ながら現場はHowだけでは動かない。このような活動を継続させる唯一の方法は、「何をどうやるか」では無く、「なぜやらねばならないのか(何を目標にするのか)」を現場に理解させてモチベーションを強化することである。

 普及啓発を担うあらゆる立場の方々に、現状を振り返り改めて考え直すことを促したい。

 とかく難しい言葉や定義が氾濫するこの世界であるが、我々は出来る限りシンプルに、現実に即してBCMをこう考えている。「危機事象が発生したとき、あるいはその予兆が感じられたときに、迅速に対応行動が取れる能力を向上させる活動全体」。

 実際に現場に語りかけるときのメッセージはこのようなものだ。

 危機事象が起きたとき、あるいは起りそうなときに、たとえ何の計画も存在しなくても何もせずただ傍観することなどあってはならない。起きている状況を把握し、影響を推測し、必要な対応行動を決め、そのための経営資源を確保し、目標に決めて活動を開始する。そして目標の達成状況を常にモニターする。
 何のことはない、これは普通の仕事のやり方と同じこと。ではなぜBCMが必要なのか。問題なのはこれらの事象が発生し、変化するスピードは平常時とは比較にならないほど速いことだ。だから事前にするべきことや、早く動けるようにするための準備は、平常時以上にしっかりとしておかねばならない。平常時でさえ行きあたりばったりの経営など許されず、経営戦略や経営計画を立案する。
 BCMとはつまるところ危機における経営戦略であり、経営目標と経営資源を配分する活動である。

 人はとかく安心を求め、自らが危機的状況に陥るという想像を避けたがるものだ。発生時の被害を過小評価してしまう。特に、地震や津波、インフルエンザといった特定原因事象から考えるリスクアプローチは、被害や確率の過小評価や、考えたくないがゆえの想定外を生みだす。安心は得られても安全は得られない事態を生みだす。

 ではBCMを考える正しい前提はどのようなものかといえば、「危機は防げない、必ず起きる」ということである。危機を防ぐ(壊れないようにする・使えなくならないようにする)だけではなく、発生した危機(壊れてしまう・使えなくなってしまう)に立ち向かう発想を必要とする。これがリスクアプローチを補完し、企業の危機対応能力を向上させる(図1)。

図1●リスク管理とBCM
図1●リスク管理とBCM
出典:富士通総研
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 これらは言われてみればしごく当たり前のことである。それにもかかわらず、なかなか企業において実践されていない。