今年2月、米IBMのQ&Aシステム「ワトソン」が米国の人気クイズ番組「ジョパディ」において、二人の歴代最強チャンピオンを下した。著者は対決の1年近く前から、IBMリサーチのワトソン開発チームとジョパディ番組チームの双方に密着取材し、「人工知能」が人間を負かす過程を描き出した。

 ジョパディは米国の有名番組だが、日本ではなじみがない。ジョパディの内容が解説された本書を読んで初めて、ワトソンがどれだけ大きな偉業を達成したかを実感できた。ジョパディは「質問」を「回答」するというユニークなクイズ番組だ。参加者は最初に回答文を与えられ、それに対する質問文を考え出さねばならない。例えば番組での最初の問題は「眺望または見解を表す4文字の単語です」だった。正解は「viewとは何ですか?」である。番組中でワトソンは次々と正解を重ね、賞金獲得総額は7万7000ドルに達した。人間のチャンピオンは二人とも2万ドル台だった。

 ジョパディという限られた環境ではあるが、ワトソンは、ある機械が人工知能であるかどうかを判定する「チューリングテスト」に合格した。開発責任者によれば、Googleの検索の正確さがヒントになったという。Googleは単語の意味や文脈を一切考慮せず、膨大な情報を統計的に処理して検索結果を表示する。ワトソンは回答文を解析して「どんな種類の答えが求められているのか」を推定した後、Webから収集しローカルに蓄積した75GBのテキストを総当たりで照合し、結果の「確信度」を判定する。ある程度以上の確信度に達するとワトソンは回答ボタンを押す。

 著者は研究者からの批判も紹介している。真の人工知能は人間の脳の働きをコンピュータで忠実に再現するもので、ワトソンは知能の見せかけに過ぎない、というものだ。だが、人間の知能の実態はほとんど解明されていない。本書を読み終えて、実は人間の脳の働きも、巧妙なアルゴリズムと膨大な統計処理による総当たり照合だという可能性もある、と夢想させられた。

評者:滑川 海彦
千葉県生まれ。東京大学法学部卒業後、東京都庁勤務を経てIT評論家、翻訳者。TechCrunch 日本版(http://jp.techcrunch.com/)を翻訳中。
IBM 奇跡の“ワトソン”プロジェクト

IBM 奇跡の“ワトソン”プロジェクト
スティーヴン・ベイカー著
土屋 政雄訳
早川書房発行
1890円(税込)