今回の訴訟では、ここまで解説してきたデザインパテントや商標のみならず、インターフェースに関する特許にも大きな注目が集まった。なかでも「バウンススクロール特許」と呼ばれるもの(図1)のようなインターフェースの細部にわたる特許が、サムスンのみならず、Androidスマートフォン陣営の前に、大きな壁として立ちはだかる可能性がある。

「バウンススクロール特許」がAndroidを脅かす

図1●サムスンが侵害したとアップルが主張するインターフェース関連特許
図1●サムスンが侵害したとアップルが主張するインターフェース関連特許
アップルは、以下の特許をサムスンが侵害したと主張している。すべてがマルチタッチのインターフェース技術に関するもの。なかでもアップルが強力な切り札として使っているのが、3番目の「バウンススクロール特許」だ
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 そのバウンススクロール特許とはどのようなものか。簡単に解説したのが、図1の写真だ。これはiPhoneやiPad上で写真などのドキュメントやリストなどを表示させてスクロールさせるときの動きに関する特許である。

 例えば写真や文章をスクロールさせながら眺めていて、一番端のこれ以上スクロールできないところにまでたどり着いたとする。それでもさらにその写真を無理やりスクロールさせようと指で画面を押さえて動かしたとき、指が画面に触れている間は指とともに写真が動くが、指を離したとたん写真の端と画面の端がゴムでくっついているかのようにバウンドしながら元の位置に戻るというもの。この特許にはいくつかのバリエーションがあるが、基本的にはこれだけのものだ。

 たったこれだけの特許だが、アップルはこれを世界各国で対Android訴訟用の武器として多用。今後のスマートフォンの特許紛争で重要な役割を果たす特許だと見ているようだ。アップルがこの特許を強力だと見ているのには、3つの理由がある。1つ目は、この特許技術がスマートフォンの豊かな操作体験を実現するために欠かせないことだ。

 一見何でもない特許のようだが、この機能があるのとないのとでは、スマートフォン操作時の気持ち良さが違う。スクロールさせながら見ていた写真が端に来たとたんにスクロールが止まってしまうようなインターフェースは、アップルに言わせると「無様で品がない」操作感覚。この特許は「指に吸い付くような操作感覚」と形容される、iPhoneやiPadならではの操作体験を実現するために重要な技術なのである。

 アップルにとってバウンススクロール特許が重要な第2の理由は、この特許が「非常に強い権利」だと同社が見ているためだ。実はこの特許の有効性に疑問を持ったフィンランドのノキアが、2010年に米国特許庁に再審査の請求をした経緯がある。だがバウンススクロール特許はそれを経てもなお生き残った。ノキアは、過去の特許の中からこうしたタッチパネル向けインターフェースの動きを開発した先例を見つけられなかったのだ。ノキアですら無効化できなかったこの特許を他社が無効化するのは非常に難しいだろうと、アップルは有効性を訴え武器として活用している。

 そして3つ目に重要なのが、これが誰にでもその内容が簡単に分かる特許だということだ。技術的に詳細な中身まで調べることなく、見ただけで分かる。そのため他社がこの特許を侵害していることを簡単に立証できる。つまり、訴訟時の使い勝手が抜群にいい特許なのだ。

 第1回で解説したアップルとサムスンの本訴訟に関する判決が出るまでには、おそらく2~3年はかかるだろうと言われている。スマートフォンの世界は商品サイクルが早いため、判決が出ることには、どの製品も市場から消えているだろう。

 そこでアップルはこの訴訟の結論を早めるべく、2011年7月1日にGALAXYシリーズ4製品のみの販売差し止めに絞った仮処分申請を請求(第1回表1の5)。数カ月以内に判決が下るこの裁判をさらに加速するために、サムスンに突きつける特許を厳選した結果、このバウンススクロール特許と第1回の図1、第1回の図2左2つの計3つのデザイン特許を残したのだ(なお、この仮処分に対する判決は、近日中にも下されると予想されている)。

 実はこのバウンススクロール特許が実現する機能は、サムスンの製品以外の多くのスマートフォンにも、既に実装されている。また、日本でサムスンを訴える際にも、アップルは米国のバウンススクロール特許とほぼ同じ特許の侵害を主張している。サムスン製品以外への対応をアップルがどうするか、今後の動向が注目される。

 この特許にとどまらず、快適な操作性を実現するための特許をアップルは多数持っている。こうした特許を今後どのように訴訟に使ってくるかも、スマートフォン端末メーカーは注視していかなくてはならない。

 なお、今回のアップルとの訴訟に関して、サムスンは反訴の訴状の中で、デザインは模倣ではなくあくまで競争の範囲内にとどまるものだという見解を示している。また、今回の一連の訴訟についてサムスンは次のようにコメントしている。「サムスン電子は積極的な対応として当社の特許権および顧客の利益を保護するとともに、技術のリーダー企業としてのリーダーシップを維持していく予定です(原文ママ)」。

 今後の訴訟に関する展開や対応などについて、本誌はアップルにも取材を求めたが、同社はノーコメントとしている。