高品質のモバイル音声通話を実現する「モバイルHD(High Definition:高精細度)サービス」が世界規模で始まっている。仏オレンジをはじめ世界の名だたる事業者がサービスを提供する。成長が鈍化したモバイル音声市場の新たなけん引役となれるかどうか。注目のサービスを解説する。


 2010年3月に開催されたモバイルの国際会議CTIA Wireless 2010において、スウェーデンのエリクソンは「2009年12月に世界のモバイルデータトラフィックが音声トラフィックを超えた」と発表した。携帯電話市場の成長ドライバーが音声からデータへ移り変わったことを示す象徴的な発言だった。事業者各社のビジネスフォーカスも、昨今はLTE(Long Term Evolution)への投資などデータ分野に大きく傾倒しつつある。

 こうした流れの中、成長が鈍化したモバイル音声市場で注目すべき動きがある。高品質のモバイル音声通話を実現する「モバイルHD音声サービス」が世界各地で始まっていることだ。

ほぼすべての音声帯域をカバー

 モバイルHD音声サービスとは、「AMR(Adaptive Multi-Rate)ワイドバンド」と呼ぶ音声符号化技術を採用し、携帯電話ネットワーク上で高品質の音声通話を提供するもの。この技術は3G(第3世代携帯電話)の標準化団体である3GPPのリリース5で規定されている。W-CDMAのほか、GSMやLTEでも利用できる。

 AMRワイドバンドの特徴は、扱える音声周波数帯域の広さにある。従来技術(ARMナローバンド)の300~3400Hzに対し、AMRワイドバンドは50~7000Hzと約2倍になる。音声に含まれる周波数成分をほぼすべてカバーできる(図1)。このほかAMRワイドバンドは、周囲の雑音を抑える機能も備え、騒がしい場所でも快適に通話することが可能だ。サービスを提供中の事業者は、「あたかも同じ部屋で会話しているかのように通話できる。騒がしい場所で大声を張り上げながら電話する光景は過去の出来事になる」(仏オレンジ)、「映像に例えるならVHSとBlu-Rayの違いに匹敵する。何百何千km離れた場所からの通話も面と向かって話しているように聞こえる」(豪テルストラ)とアピールする。

図1●AMRナローバンドとAMRワイドバンドの比較<br>AMRワイドバンドなら音声に含まれる周波数成分の大半をカバーできる。
図1●AMRナローバンドとAMRワイドバンドの比較
AMRワイドバンドなら音声に含まれる周波数成分の大半をカバーできる。
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世界各地でサービス開始

 モバイルHD音声サービスは既に世界21カ国・地域の24事業者が提供している(2011年7月7日時点)。その半数以上が欧州地域だが、アジア太平洋、中東、中南米、アフリカの各地域でも始まっている。

 導入開始年である2009年の展開数(事業者数)は1件のみだったが、以後のペースは加速している。2010年は12件に増え、2011年に入ってからの展開数は約半年で前年の実績に比肩する11件に達した。業界団体のGSA(Global mobile Suppliers Association)によれば、現在7事業者がトライアルもしくは展開を進めており、これらを含めると28カ国・地域の31事業者に達する。これで世界の約15%がカバーされることになる。

 モバイルHD音声サービスに対応した端末の機種数も増えつつある。GSAの公表データによれば、2011年6月3日時点で33機種。このうちフィンランドのノキアは16機種、英ソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズは11機種をラインナップし、この2社で全体の約8割を占める。