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写真1●経営陣が現場に求めるコスト削減目標を実現しつつ、業務のサービス品質を落とさないため、自らも20回以上大連を訪れてBPOを指揮する藤野裕充業務本部業務企画部長
写真撮影:北山 宏一

 JCBには、中国人に業務を教えようと大連に派遣された20人以上のトレーナーがいる。BPOの陣頭指揮を執ってきた藤野裕充業務本部業務企画部長は「業務移管の成否は彼らの働きにかかっていた」と明かす。そこで入社5~7年目のトレーナー3人に集まってもらい、大連での体験談を聞いた。

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 JCBは中国へのBPOに積極的に取り組んでおり、2007年3月にまず、電子マネーといった新規事業の申込書の入力業務をインフォデリバの大連センターに委託した。さらに2009年1月からはIBMの大連センターに、カード発行に伴う審査業務や会員情報の入力・更新といった基幹業務まで段階的に委託し始めた。インフォデリバとIBMの2社合計で150人のオペレーターを活用し、3年間でコストは従来の半分弱に削減できる見込みという。

写真2●トレーナー(先生)として大連に赴任した3人。左からカスタマーサービス部オペレーショングループの米持篤氏、カード発行部判定グループの遠藤静香氏、同グループの李永傑氏
写真2●トレーナー(先生)として大連に赴任した3人。左からカスタマーサービス部オペレーショングループの米持篤氏、カード発行部判定グループの遠藤静香氏、同グループの李永傑氏
写真撮影:北山 宏一

 特に審査のような基幹業務は求められる品質が高く、滞りは許されない。それだけに、中国人の研修生を日本に数週間滞在させて教えるのではなく、トレーナーが日本からマニュアルを持ち込んで教育した。

 トレーナーは現地で「先生」と呼ばれ、中国人の教え子を各自が10~20人も抱えた。1~2カ月に及んだそれぞれの大連での滞在エピソードや、彼らの目を通して見た日中の違いを紹介しよう。

クレジットカードは持たず、ETCは知らない

 業務本部カスタマーサービス部オペレーショングループの米持篤氏が結婚直前に突然の辞令を受け、トレーナー(先生)として大連に向かったのは2009年3月のことだった。JCBは難航した新しい基幹システムの開発を終え、2008年11月に稼働させたばかり。社内が落ち着きを取り戻そうとしている矢先だった。「基幹業務のバックオフィスで働く私が海外に滞在し、中国人に仕事を教えることになるとは思ってもみなかった」(米持氏)。

 カード発行部判定グループの遠藤静香氏と李永傑氏も「まさか自分が」と驚いた。李氏は中国出身だからこの任務に選ばれたわけではなく、たまたま日本でカード発行の審査・判定業務に携わっていたので選任されたという。「周りからは『大連では中国語は禁止だ』と冗談めかして言われた」(李氏)。中国語ができる人をトレーナーにしなければ業務移管できないようでは、いつまでもBPOを始められないからだ。

 いざ大連に行くと3人ともすぐに現地での生活に慣れ、1カ月程度の滞在なら特に不自由しないことが分かった。想像以上に都会で、繁華街に行けば必要な物は何でも手に入り、食事はおいしい。「2度目からは持っていく荷物が大幅に減った」(米持氏)。

 だが研修は苦労の連続だった。まずは言葉の壁だ。トレーナーは事前に「中国人のオペレーターは日本語ができる」と聞かされていた。リーダークラスの多くは確かに日本語が堪能だったが、オペレーターは読み書きはできても会話は苦手な人が少なくなかった。

 しかも、20~30代のオペレーターはほとんどクレジットカードを持っていないし、日本の高速道路のETC(自動料金収受システム)など知らない。漢字が4つ並んでいると、それが店名なのか人名なのか区別がつかないときもある。

 「これでは教えられない」と日本に泣きつくトレーナーもいたほどだ。スケジュールの遅れはそれだけトレーナーの滞在コストの増加につながるので、極力避けなければならない。

 遠藤氏は大連で「繰り返し、ゆっくり話す」ことを心がけた。ほかにも「日本人にしか通じないカタカナ英語は使わない」「2文以上になる長い会話はしない」「教科書レベルの日本語しか分からないオペレーターには日本の若者言葉で話しかけない」など工夫を重ねた。さもないと、「トレーナー自身がストレスをためてしまう」(藤野部長)。