写真●会計財務部門を統括する三田慎一取締役執行役員
写真●会計財務部門を統括する三田慎一取締役執行役員
写真撮影:北山 宏一

 ヤマトと並び、国内最大規模の経理業務のBPO事例と目されるのが花王である。花王で処理する経費支払い用の伝票は年間120万件。日本と大連で毎日約5000件もの伝票を処理している。

 BPOにより、花王は2014年までの5年間で18億円のコスト削減効果を見込んでいる。IBMの大連センターの人員は最終的に220人になる予定だ。

 「BPOで浮いた会計財務部員の人手を別の業務に振り向けられる効果を見込んでいる」(三田取締役、写真)という。IFRS(国際財務報告基準または国際会計基準)やJ-SOX(内部統制報告制度)への対応などの新規業務に従事させる狙いだ。

事前に業務の集約と標準化を推進

 規模の大きさに加えて特徴的なのは、BPO決定から業務移管までの期間の短さだ。支払い業務のBPOを決めたのは2009年2月。大連から10人の研修生を3週間ほど受け入れ、同年6月にはBPOが始まった。2010年4月までに対象業務の90%を移管済みだ。支払い業務を手始めに、売掛金の管理や受注処理といった流通業者との取引業務も順次、大連に移管しつつある。

 わずか4カ月の短期間でBPOできたのは「既に業務を標準化していたことが大きい」と三田取締役は成功の秘けつを語る。花王本体では経理業務の集約に20年近い歴史がある。

 グループ全体の経理業務についても、「工場であれ販社であれ、仕事のやり方は同じ。集約したほうが効率はいい」(三田取締役)と、2年前からグループ集約に着手していた。販売会社である花王カスタマーマーケティング(東京都中央区)や2006年に経営統合したカネボウ化粧品(東京都港区)の経理業務も集約した。会計システムも刷新し、2010年4月から花王グループ内の会計コード体系を全世界で統一できた。

 長期にわたって伝票処理の効率化に取り組んできた花王では、現場社員の間に伝票提出のルールが徹底されている。東京都墨田区にあるすみだ事業場の一室には毎日午後2時ごろ、花王本体とグループ会社を合わせた全国55カ所の事業場から送り出された、大量の伝票を入れた専用の袋が宅配便で集まってくる。

 それらの伝票には領収書がきれいに張られている。領収書を重ね張りしたり、ホチキスで留めたりした伝票は少ない。このような徹底ぶりも、BPOの決定からわずか4カ月で中国に業務を移管できた大きな理由の1つのようだ。大連へのBPOは、いわば会計財務部門における改善活動の集大成ともいえるものだった。

 業務を集約していた花王といえども、さらなる工夫が必要だった。大連向けのマニュアルを作成する過程では「事業場ごとに微妙に処理が異なる部分が見つかり、業務の標準化をさらに進めた」(会計財務部門の橋本恭一マネジャー)という。すみだ事業場で伝票を画像データ化する6台のスキャナーも、スキャニング業者にヒアリングしながら慎重に選定した。伝票を留めるクリップも、けがをせずに留めたり外したりできるものを新たに選んだ。

 実際に行っている処理の手順はこうなる()。すみだ事業場に届いた伝票の束からクリップを外し、伝票をスキャンしやすいように種類別に整える。準備を終えた伝票から、スキャン担当者が次々と両面スキャンにかけ、読み取った画像データは委託先であるIBMの大連センターにすぐ送られる。

図●IBMの大連センターにBPOした支払い業務の処理の流れ
図●IBMの大連センターにBPOした支払い業務の処理の流れ
社員の経費精算業務を集約している、都内にある「すみだ事業場」。ここで経費伝票や添付された領収書をスキャナー(写真右側)で読み取り、大連にあるIBMのセンターに送る
[画像のクリックで拡大表示]

 大連では伝票の画像データを受け取るたびに、領収書に不備は無いか、記載事項に漏れは無いかなどを確認。不備があった場合は大連から直接、伝票の起票者に理由を添えて電子メールで差し戻す。1~2%の伝票に不備があるという。大連側で解決できない問題は、すみだ事業場の担当者に処理してもらう。

 問題なく処理された伝票は、すみだ事業場で承認。承認された伝票について大連側が銀行への振り込みデータを作成し、すみだ事業場が確認する。そして大連から銀行へデータを送信する。日本との時差が1時間ある大連では午後3時半、つまり日本の午後4時半までに作業を終えた分が、その日の振り込みデータとして銀行に送られる。

経理業務も改善して当たり前

 「経理業務はものづくりと同じ。改善を続けていくのは当たり前だ」。三田取締役は断言する。

 BPO実施後は、従来より業務改善が進みやすくなった。記載漏れといった業務上のエラー件数を記録しているからだ。特定の伝票で集中的に間違いが発生する場合は、伝票の設計そのものを見直すといった対策が打てる。

 BPOによって「内部統制がより強固になった」とも三田取締役は打ち明ける。日本では伝票に間違いがあっても担当者の上司のものだと内々に処理してしまうことがあったという。だが大連側は、誰が起票したかに関係なく確実に差し戻す。三田取締役は「自分が起票した伝票も戻ってきたことがある」と苦笑する。

 花王は今後、日本国内だけでなくアジア各国の拠点の経理業務のBPOも検討していく計画だ。

 次回は、個人情報保護の必要性に配慮しつつ、2009年7月から大連にBPO開始したベネッセコーポレーションの事例を紹介する。社内伝票の事務処理ではなく、通信教育事業「進研ゼミ」への入会申し込みはがきなどの入力業務を対象として実施している。