オフィスからの帰路。夜間のためか交通量は少ない。車のハンドルを左へ切る。すると先の信号は私の帰路を知っているかのように緑色に変わる。次の信号も同様に進路に合わせて次々と緑色に変わる。近未来都市の映画のワンシーンのようだ。

 オランダで生活を始めたばかりのころは、どこかで誰かに見られているようで驚いたが、実は仕掛けがある。道路にセンサーが導入されており、他に通行中の車がなければ緑に変わるよう信号を自動操作しているのだ。

 この合理的な発想は行政サービスにも見られる。身近な事例を紹介しよう。

 オランダで子供が生まれると、病院では日本のような出生証明は発行されない。どうやって出生を証明できるのか不安なままに市役所へ行くと、病院名と生まれた日付を伝えると、既に情報はオンラインで確認可能となっている。自動的に社会保障番号が付与され、それに基づき自宅訪問の健康診断を受けたり、各種ワクチンの接種案内も届くのだ。

 クルマが故障した場合も同様に驚かされる。ANWB(日本でのJAFに該当する組織)に電話で連絡し、ナンバープレートの番号を伝えるだけで、車種はもちろん、過去の検査記録もANWBの担当者は把握している。私自身、ANWBに対して情報を一切提供したことがないにもかかわらず、である。税金の支払いも含め、メンテナンス情報までデータベース化されているのには驚いた。

 オランダでは、ICTとはあまり縁がなさそうに見える年配の方も、このようなシステムを使いこなしている。あたかも10年以上前からそんなシステムがあったかのように生活の一部に溶け込んでいる。銀行もほとんどがインターネットバンキング対応。使えないと普段の生活に支障をきたすほどICTが浸透している。

目的達成のためのICTという手段

 オランダがこれだけのICT大国になったのは、明確かつ合理的な目的と行動力を伴った行政の力と、国民性の後押しがあったからだろう。合理化と利便性向上という目的実現のために、ICTを手段として利用したに過ぎないのかもしれない。

 船を創ったのはオランダ人ではないかもしれない。しかしオランダ人はかつて船を利用して貿易大国を築いた。ICTも同じことが言えそうだ。

 1609年にオランダの使節が日本を訪れ徳川家康に謁見してから早400年。オランダと日本はとても長く深い関係がある。日本におけるオランダのイメージといえば、「風車」や「チューリップ」に代表されるような観光的なイメージが強いが、実はとても合理的な国である。これからもオランダから教わることがまだまだありそうだ。

多田 瑞穂(ただ みずほ)
NTTヨーロッパ ベネルクス地域マネージャー。ベースはオランダ アムステルダムだが、南北東ヨーロッパまでエリアを超えて魅力的なビジネス探しに飛び回る日々。常に国を越えるのが当たり前となるヨーロッパにて、真のグローバリゼーションの波にもまれる日々を楽しむ。趣味のウィンドサーフィンもまた波を越えるよりは波にもまれるのが多かったのを思い出す今日この頃。