説明の仕方が悪く、相手の怒りを買ってしまい、肝心の結論を伝える前に追い返された。そんな苦い経験はないだろうか――。ここで注目したいのが、優れたITエンジニアの「説明力」だ。企業システムの複雑な情報を、ITに疎い経営層、立場の違う利用部門、考え方が必ずしも一致しない開発メンバーなど、多様な相手に説明するのは容易でない。本連載では、ITエンジニアが現場で培った説明の極意を紹介する。説明は、全ての業務の基本。その極意は、IT担当者はもちろん、多くのビジネスパーソンに役立つはずだ。

 「説明の途中で相手が怒り始めて、どうにもなりませんでした」――。2011年のある日、クオリカの細井篤さん(ソリューション事業部 リテールソリューション部 主幹)は、システムエンジニア(SE)である部下のMさんから、電話でこんな連絡を受けた。

 その数日前のこと。細井さんらのチームが顧客企業A社向けに構築した業務システムで機能不足が見つかり、追加開発を行うことになった。クオリカは当初、A社に費用負担を求めるかどうか決めかねていたが、まもなく負担を求めない方針を固めた。そのことを説明するため、MさんはA社に出向いた。A社に喜ばれるはずだった。しかしなぜか冒頭のように怒りを招いた。

 翌日、細井さんは1人でA社を訪れ、改めて費用負担を求めない意向を伝えた。A社の担当者は安堵して、「だったらはじめからそう言ってくれたらよかったのに」と言った。聞くと、Mさんの説明に問題があったようだ。Mさんは追加開発の責任がA社にもあることを延々と説明したという。費用負担を求めないという結論から伝えなかったのは、それが特別な配慮であることを強調するためだった。この説明の仕方が怒りを買い、肝心の結論を伝える前に追い返された、というわけだ。

■お粗末な説明が不信感やミスを生む

 このMさんの失敗についてどう感じただろうか。「説明の仕方がお粗末だ」と思ったかもしれない。しかしMさんが間違えたのは、話す内容の順序である。それだけで、相手を怒らせる事態に陥った。

 これは別の見方をすれば、ITエンジニアの説明力が、利用者との信頼関係を構築する重要なカギになっていることを意味する。「ITの現場における説明は重要で、それゆえに難しい」と、ITエンジニア向けにコミュニケーションスキルの講師を務める、グローバルナレッジ ネットワークの飯嶋秀行さん(ソリューション本部 ビジネススキルグループ 人材教育コンサルタント)は指摘する。

 説明が難しい一因は、経営層、利用部門、開発メンバーなど、説明する相手が多岐にわたることにある(図1)。それぞれ、持っている知識や考え方が異なり、相手に合わせて説明しなければならない。

図1●説明が難しい背景と七つの極意
図1●説明が難しい背景と七つの極意
ITの現場でエンジニアに求められる説明力の水準は高い。本連載では、そんな現場で培われた説明の極意を七つ抜粋し紹介する。