体感手法はリーダーを育成するうえでも有効だ。研修などでリーダーらしい行動のセオリーを学んでも、すぐにその通りに振る舞えるようになるわけではない。様々な実経験を積み、自分なりのリーダーシップを確立してもらう必要がある。ロールプレーイングなどによる仮想的な体験を併用することで、さらに成長を早められる。失敗した悔しさや反省、成功した喜びなどをいかにリアルに体感させられるかが鍵を握る。

 例えば管理職にとって、部下との「人事面談」は気が重い職務だ。評価が下がった社員に結果と理由を納得させ、向上心やモチベーションを維持してもらうのは容易ではない。

写真1●管理職42人がプロの役者を部下に見立てて模擬人事面談
写真1●管理職42人がプロの役者を部下に見立てて模擬人事面談
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 東燃化学と米ユニオン・カーバイド・コーポレーションの合弁企業である化学メーカー、日本ユニカー(東京都品川区)は、管理職向けにこうしたシビアな状況の人事面談を疑似体験させて“予習”してもらうユニークな研修を実施している(写真1)。

 2010年3月に、生産や営業、管理など全部門の課長級以上の管理職42人を対象に、即興劇(インプロ)の要素を取り入れた人事面談のロールプレーイングを実施した。演劇集団「シバイコ」に所属するプロの俳優が部下役を担当し、リアルな演技で「困った部下」を演じる。

迫真の演技で参加者が感情的に

写真2●インプロによる人事面談シミュレーションの例
写真2●インプロによる人事面談シミュレーションの例
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 人事面談インプロでは「評価が下がったことに怒って、理論武装しながら反論する」「すねてやる気を失う」「予想よりも評価が高かったことに満足して、それ以上の向上意識を持たない」といった様々なタイプの困った部下のプロファイルを設定し、部下役の俳優に伝える。俳優は人事面談で即興でその役を演じて上司と対話していく。

 どんな対話が行われているかを知るため、日本ユニカー川崎工業所業務部の佐藤博志管理課長と、シバイコの俳優、日田忠幸氏に実施してもらった(写真2)。部下のプロファイルは「入社3年目で、前回の評価は5段階の真ん中だが、今回は1ランク下がった」というものだ。

 世間話から面談が始まった数分後、佐藤課長が評価が下がったことを告げると、日田氏は「はい、分かりました」とすぐ返答した。佐藤課長は「冷静に受け止めてもらえた」と感じたのか、そのまま来年の目標などに話題を移したが、空気が変わったのはその直後だ。日田氏が絞り出すような声で「まじっすか」と言い返した。言葉だけでなく、その前の沈黙や下から見上げる視線、背中を丸めた姿勢など、様々な表現で評価が下がったことのショックや怒りが伝わってくる。同席している記者もいたたまれない気持ちになった。

 その後日田氏は、佐藤課長を挑戦的ににらみつけたりそっぽを向いたりして、「すねている部下」をリアルに演じた。とうとう佐藤課長は「そういう態度がダメなんだ」と声を荒げてしまった。インプロ終了後、佐藤課長は「現実に部下と向かい合っている気分になり、つい感情をあらわにしてしまった」と振り返った。

NGワードの怖さを先に知ってもらう

 日本ユニカーでは従来も管理職に座学で面談のセオリーを学ばせたうえで、管理職同士のロールプレーイングを行っていた。しかし「社員の演技力には限界があるし、身内同士では遠慮もあるので、難しい面談のシチュエーションを再現できなかった」と佐藤隆川崎工業所長は話す。

 今回の研修を企画した人事コンサルティング会社アジア・リープ・ジャパン(東京都新宿区)の池田哲平代表は、「自分が感情的になる失敗を経験すると、上司には『これを繰り返してはいけない』という強い反省が生まれて改善意欲が高まる。ただし実際の面談で何度も失敗するのは部下との関係が悪くなりリスクが高い。守られた環境で失敗をリアルに体感するために、プロの俳優とのインプロが有効だと考えた」と話す。

 俳優とは事前に打ち合わせをして「上司がこの言葉を口にしたら感情を爆発させる」といった「NGワード」を決めておく。例えば評価が下がった部下に対して、上司が「僕ではなく前の上司がこう評価した」「僕は評価を上げたのだが、部長に落とされた」といった責任転嫁の言い訳をした場合には、激高して席を立つなどだ。

 管理職はこうした発言が不適切であることを事前の研修で学んでいる。しかしインプロの現場で、部下役の俳優から「なぜ下がったのか納得できない」としつこく食い下がられたり、不満を表して問い詰められたりすると、その場の勢いでついNGワードを発してしまう。研修では“地雷”を踏んで冷や汗をかいたり、手が震えたりする管理職が続出するという。インプロ研修後は「面談前の準備を周到にしたり、面談以外の部下とのコミュニケーションを重視したりする管理職が増えた」(佐藤所長)という効果が出ている。

 次回は、管理監督者となる職長の新任時研修に体感教育を取り入れているブリヂストンの取り組みを紹介する。