サッカーのワールドカップ南アフリカ大会で日本代表チームがデンマーク代表を3-1で破り、1次リーグ突破を決めた、あの日(日本時間の2010年6月25日)。早朝までテレビ観戦し、興奮冷めやらぬまま出社した人も多かっただろう。

 同じ日の午後1時、バンダイから玩具やキャラクター関連グッズなどの生産を請け負う協力メーカーの関係者がバンダイ本社に続々と集まってきた。これから始まる「品質勉強会」に参加するためだ(写真1)。60社から合計90人ほどが集まり、全員が真剣なまなざしで話に聞き入っていた。記者も会場の後列に座って、勉強会の進行を見守った。

写真1●バンダイは協力メーカー(1次取引先)を1~2カ月に1 度集めて「品質勉強会」を開く
写真1●バンダイは協力メーカー(1次取引先)を1~2カ月に1 度集めて「品質勉強会」を開く
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 勉強会にはバンダイと取引する同業者が顔をそろえている。それだけに独特の緊張感が会場内に漂う。寝不足の人もいただろうが、誰一人そんな顔はしていない。この日の内容は、海外での玩具関連の法改正に伴う国別の安全基準対応や、バンダイが独自に定める品質基準の確認、最近起きた玩具事故情報の共有、そして今後日本でも規制の対象になる可能性が高い素材の紹介だった。

 なかでも時間を割いたのは、規制対象になりそうな素材「特定芳香族アミン」のくだりと、バンダイ品質基準の解説。初めてこの場に同席した記者の耳にも、アミンという聞き慣れない物質の名前が何度も飛び込んできて、しばらく頭から離れなかった。既に自主規制に乗り出そうとしている流通業者が現れているとの説明もあって、他人事ではないことが強調された。一方、バンダイが業界基準よりも厳しく規定している品質基準の話題はこの勉強会に繰り返し出てくるそうで、写真や図を使ったこの日のプレゼンテーションにもバンダイのこだわりと徹底ぶりを感じさせられた。

 2005年から品質勉強会を主催するプロダクト保証部の川元真一品質保証ライフエンターテインメントチームマネージャーは「注意しておいてほしい単語を協力メーカーの耳に強く残しておくのが品質勉強会の狙いだ」と話す。だから1~2カ月に1度は集まってもらい、年間延べ800人ほどを相手に何度も同じことを伝える。古典的ではあるが、しつこく続けて確実に耳に残す体感手法だ。

 事故例の共有については「もっと内情を知りたい」という協力メーカーの希望もあって勉強会に加えられた。電池の接触不良や液漏れなどが典型例だ。勉強会で不具合を取り上げられてしまった協力メーカーにとっては居心地の悪い時間になるが、それでもバンダイ主導で情報を出すことでほかのメーカーに「明日は我が身」と思ってもらい、参加者全員に当事者意識を植えつける。事故を起こした当事者のメーカーも居合わせる勉強会で失敗の話を聞かされれば、身につまされる。

 1990年代の終わりにペット育成玩具「たまごっち」が大流行した時、バンダイはブームが終わる時期を読み誤り、在庫の山を抱えて特別損失を計上した痛い経験がある。この時、協力メーカーの間では「あの不良在庫はどうなったのか。大丈夫か」など憶測が飛び交った。だが当事者の協力メーカーに状況を尋ねることはできず、協力メーカーにとって最も身近な大事件でありながら情報があまり共有されなかった。その反省もあって、バンダイは品質勉強会で問題の共有に乗り出した。

協力メーカーの先まで体感の輪を広げる

 体感を重視しながら取引先を動かすバンダイの取り組みは、協力メーカー(1次取引先)の先にいる海外の生産協力工場(2次取引先)にも及んでいる。バンダイは2008年から、中国の上海や深センで合計150人ほどを集めて「サプライヤーカンファレンス」を開き、バンダイから2次取引先に直接語りかける場を設けた。今やバンダイの玩具の90%以上が協力工場で作られており、品質を守るために2次取引先の巻き込みは不可欠だ。

写真2●サプライヤーに対して毎年「行動規範監査(COC監査)」を実施。書類や記録といった文書での確認(右上)だけでなく、直接現場を訪れて作業現場の視察(左上)と従業員インタビュー(右下)をセットで実施する
写真2●サプライヤーに対して毎年「行動規範監査(COC監査)」を実施。書類や記録といった文書での確認(右上)だけでなく、直接現場を訪れて作業現場の視察(左上)と従業員インタビュー(右下)をセットで実施する
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 協力工場への指導に当たり、特に注意を払っているのが労働環境の整備である。「労働環境が安定しないと品質は向上しない」(金子健児プロダクト保証部デピュティゼネラルマネージャー)からだ。まず1998年に「COC(行動規範)宣言」を出し、すべてのサプライヤーに「COCマニュアル」を配布。同時に「COC監査実施同意書」にサインしてもらって、2004年から毎年監査を継続してきた(写真2)。

 だが労働状況を記録した資料に基づく監査だけでは、労働環境の改善にこだわるバンダイの思いや具体的に何を変えればよいのかが、協力工場の経営者と従業員に伝わりにくい。海外のサプライヤーも、COC監査の内容が「最初は分かりにくかった」と打ち明ける。

 そこで今では、タイムカードや給与明細といった書類に基づく監査に加え、バンダイグループの社員が協力工場の作業場に出向く直接監査(現場視察)と、従業員へのインタビュー監査を併用している。監査する工場の数は200を超す。

 協力工場の大半がある中国では、関連会社のバンダイ深センから監査員を派遣している。時には日本からもプロダクト保証部の社員が出張して同行し、現場の衛生面や安全面、さらには食堂やトイレの整備状況まで細かくチェック。それこそ目や鼻、耳、手を使って現地現物で不適合な項目を探し、労働環境の是正ポイントを指導している。

 次回は、パート社員など非正規社員にもQC(品質管理)サークルに参加してもらおうと、楽しさを実感してもらう体感教育を実施しているコーセーの取り組みを紹介する。