「これはまだ新しいほうで築25年くらいです。もし予算を上げられるのなら、もっと古い家を紹介できますよ」---。2007年に渡英して、最初に受けたカルチャーショックは、不動産業者のこの言葉。古い家の方が価値があるらしく、新築が喜ばれる日本では想像もつかなかった。築100年にもなる物件はざらにあり、修理しながら大事に使うそうだ。もちろん、高くて古い家は丁重にお断りした。

 日本のブロードバンドサービスが100Mビット/秒のFTTH時代に、当地のインターネット環境は8Mビット/秒のADSL回線が中心。しかもダウンロード量に制限があるのが普通である。

 光ファイバーの普及についても、日本では「2015年をメドに100%」を政策目標に掲げているが、こちらの独占的事業者は「2012年に40%、2015年に66%」という水準で意気込んでいる状況だ。

 ただこうした中、日本にはないサービスとして「EFM(Ethernet in the First Mile)」という専用線サービスが2010年頃から急速にエリアを広げている。SDSL(Symmetric DSL)を改良し、複数本束ねたもので、上り下りとも最大45Mビット/秒まで出るケースさえあるという。英国に限らず欧州全体に広がりつつある。

 既存の電話線を使うので、同じ速度品目で光ファイバーを使うより低料金な点が強み。なるほど、英国では街に電柱が見当たらず、電気や電話のケーブルは地下に埋まっている。景観を大事にするお国柄もあり、簡単には光ファイバーを引けない。広帯域に対する急速な需要拡大にコストをかけずに対応するという難題に、敷設済みの電話線を活用する方法は理にかなっている。今のところ法人のみが対象だが、その恩恵に預かる企業ユーザーは多いはずだ。

 既にある電話線をEFMという技術で新たに改装して使い続けるという考え方は、古いものを愛し、築100年以上の古い家に住み続けている英国人ならではの発想に通じるところがある。

 「IT」と言えば、新しいものと決めつけていたが、英国人は古いものをうまく活用するという、ごく当たり前のことをやっている。日本では7月にSMS(ショートメッセージサービス)の相互接続が始まったが、英国では赴任以来、事業者の違いを意識せずに当たり前に使えてきた。このようにITの新たな側面を発見することは多い。

 英国の夜は、電灯や電飾も少なく「暗い」と言うマイナスイメージを持っていた。だが、これも日本で震災以降に注目された節電に役立っている。この国で提供されているITサービスも同様に、効率性だけを追求するという一面だけでなく、環境への配慮などよく考えられた結果なのだ、と再認識させられた。

大塚 拓(おおつかひろむ)
2007年よりKDDIヨーロッパに赴任。ネットワークサービスの企画開発にマネージャーとして携わる。赴任前は、政府や大学と通信技術の共同研究開発に従事していた。英国では、テニスのウィンブルドン選手権が閉幕するとともに夏が終わる。空にも心にも秋風が吹く今日この頃だ。来年の開催をもう待ち遠しく感じている。