企業の業績を左右するような不測の事態に備えつつ、成長に勢いをつけるには、アクセルとブレーキを同時に踏むような高度で繊細な操縦技術が求められる。そのため、経営者は自社の分析・予見力を強化し、ICTインフラを整えなければならない。東日本大震災によって、今後数年間、日本企業にはこうした経営が求められる。

 先が見通せない要因はそれだけではない。ギリシャの債務問題が深刻化し、その欧州の経済問題が米国やアジアに波及し、影響を及ぼすといった形で世界は複雑化している。世界第2位の経済大国となった中国はインフレとの戦いが始まっており、その動向しだいで世界の経済環境が大きく変わる。

シェア争いが一段と厳しく国内では企業の再編が進展

アクセンチュア 代表取締役社長 程 近智 氏
アクセンチュア
代表取締役社長
程 近智 氏

 こうした外部環境の中で、私はシェア争いが激化し、日本国内では企業の再編が一段と進むとみている。新興国の企業は年々力をつけ、日本企業のライバルになりつつあるからだ。日本企業の利益率は欧米企業の半分程度と低いため、新規の投資が厳しくなる。

 また、ビジネスモデルも大量生産による輸出モデルから現地の仕様に合わせて開発・生産する地産地消モデルに変えざるを得ない。現地法人に販売機能を持たせるだけの日本企業が多かったが、今後は研究開発やアフターサービスの機能についても現地化する必要がある。それに伴って、日本の雇用は減る。

 こうした中で、ICTは様々な貢献を期待されている。企業の成長、効率化に直接貢献することはその代表だ。また、可視化の推進も期待されている。世界情勢の複雑化に伴い、その変化を瞬時に把握できる仕組みはICTの活用で構築できる。このほか、事業環境に応じて企業規模を変化させ、弾力性のある企業体質をつくることもICTの役割である。ICTを活用すればエラスティック(弾力性)体質の実現は不可能ではない。

企業環境とICTへの期待
企業環境とICTへの期待
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 このようにICTは企業経営に不可欠の存在になっているが、今後一段と成長戦略に役立つものになるためには、経営者やCIOが覚悟・決断しなければならないことがある。それをまとめると次の5つに集約できる。

 第1は、成長戦略に本当にどれだけ貢献できるのか、である。国や地域によって成長のスピードや市場規模が異なるので、ICTもこれまでとは異なる貢献策を模索し、ダイナミックに資源を配置する必要がある。

 例えば、欧米のような先進国・成熟国では、徹底的なコスト効率の追求と、サービスやソリューションを提供する脱ハードがビジネスの要点になるので、ICTに対する期待は適正コストと高い投資リターンだ。コスト効果が明確でないICT投資はしないといった方針を徹底する必要がある。片や、世界人口の約4割を占める中国やインド、ブラジルなどの新興国・成長国では、地産地消や現地化を進めるためのパートナーシップの構築、新たなチャネルの開拓などがビジネスの要点だ。欧米とは異なりICTに対する期待はスピードと低コストに加え、ビジネスの成長に合わせて容易に拡張できるスケーラビリティー、再現できるリピータビリティーになる。

 第2は、ICTの方針とトレードオフの明確化である。日本企業はこれまでICT戦略や施策が総花的になりがちだった。だが、今後のICT導入ではトレードオフの関係にある様々な領域で明確な意思を持つことが重要になる。例えば、システム化の対象を検討する際、国内の投資は減らし、海外を増やしたり、あるいはコアプロセス以外の投資はしないといったメリハリある判断が欠かせない。

情報システム部門の方向性は経営者やCIOの気概で決まる

 第3は、情報システム部門の役割とCIOの気概である。最近、IT子会社に関する相談を受けるケースが増えている。親会社に依存しないでやっていくにはどうすればよいか。外部の事業者に依頼していたICT導入を自社の情報システム部門に移管すべきか。いずれにせよ、経営者やCIOの気概によって情報システム部門の役割、方向性が決まる。

 第4は、情報システムの「ものづくり戦略」である。企業の情報システム部門、IT子会社、パートナーとの関係を整理し、新たなビジョンを構築する。ICT部門の人材のスキルアップはできているか、どの地域でもICTは標準化されているかなど、自社のICTサービスを点検する。製造業では当たり前のものづくりや水平分業をICT領域に適用していく必要がある。

 第5は、ICTエコシステムと情報システム部門の関係を整理することである。海外のベンダーではハード、ソフト、サービスを総合的に提供するフルライン化が進んでいる。また、様々な事業者がクラウドサービスに乗り出し、世界規模のICTサービスが提供されている。

 これまで情報システム部門は業務効率化のために外部のサービスを導入していれば済んだが、今後はサービスを提供する事業者をビジネスパートナーとして、自社商品とICTサービスを融合したソリューションを提供する必要があるだろう。こうしたICTエコシステムの構築に情報システム部門が貢献していかなければならない。

 日本企業の構造改革、意識改革は待ったなしである。ビジネス戦略とICT戦略の同期化とともに、ICTが成長戦略に貢献できているのかどうか。また、コスト、スピード、品質はどうなのか。ICTの新たな価値づくりに向け、経営者やCIOの覚悟が問われている。