日立製作所 執行役専務 情報・通信システム社 社長 岩田 眞二郎 氏
日立製作所
執行役専務 情報・通信システム社 社長
岩田 眞二郎 氏

 東日本大震災をきっかけに、経営者の意識は大きく変わりつつある。BCP(事業継続計画)見直しの動きが目立つほか、データセンターに移行するニーズも拡大している。また、クラウドコンピューティングに対する関心も高まっている。

 このような動きは、企業のITを大きく変えようとしている。所有から利用へのシフトは一層加速するだろう。集中から分散、システムの冗長化という流れも見逃せない。大震災から学び、より強い仕組みを構築する――。そんな企業の決意の表れということもできるだろう。

 私たちの社会は様々な災害や事件・事故を経験するたびに、そこから教訓を引き出してより強くなってきた。何度も地震の被害を受けた日本だけでなく、世界中の人々が悲劇から学び、これまで同じことを二度と繰り返すまいと努力を積み重ねてきた。これほどの大災害を経験した私たちは、どのような方向に進むべきだろうか。私の思いを一言で言うなら、それは「強く、やさしい社会へ」である。そのためにITが果たすべき役割は大きい。

「災害に強い」、「環境にやさしい」効率性だけでないITが求められる

 これまでのITに求められたのは主に効率性やスピード、正確性だった。これからは「災害に強い」、「環境にやさしい」といった価値が強く意識されるようになるだろう。その一例がビッグデータの活用である。社会に蓄積されるデータの量は急激に増加しており、それは情報爆発とも形容される。かつては人間が発信するデータが中心だったが、最近はセンサーなどの発達により“もの”からも大量のデータが収集されるようになった。

 ビッグデータは、すでに様々なサービスに応用されている。例えば、マーケティングの分野では、消費者の購買履歴や属性データ、天候やイベントのデータなどをもとに、特定の個人に最適化されたお勧め情報を送付する取り組みが行われている。一方、公共的な分野でも活用は始まっている。例えば、欧州のある大規模病院はレントゲン画像や電子カルテ、調査・研究などの異種データを一元的に分析することで、患者の治療方針の判断材料にしている。鉄道分野では、沿線や駅構内の空間情報、鉄道設備や電力・通信設備といったインフラ情報、列車などの運行情報を統合し、沿線開発や設備管理、サービス向上に活用しようという試みが進められている。

情報と制御の技術の融合により「ちょうどよい」状態を維持する

 次世代の道路交通システムにも注力している。タクシー数千台の走行データを収集し、渋滞回避情報などをユーザーに提供している。将来、天候やイベントなどの情報も取り込み、高効率の配車や信号の最適制御といった応用が期待されている。

 次に、都市全体でのビッグデータの活用を考えてみたい。都市を構成する発電所、交通、水道などのシステムの多くの機能は制御技術によって動いている。発電所や鉄道のスムースな運転は、高度な制御技術の賜物である。これらリアルな動きを持つものは、社会の“筋肉”ということができる。一方、情報は社会の“神経”であり、ときには“頭脳”として働くこともある。

 そして、筋肉と神経は融合の方向に向かっている。スマートな次世代都市やスマートグリッドは情報と制御の一体化によって推進されている。

 例えば、上流の降雨情報をITで集約し、下流のダムを制御するシステムに放水の指令を出す。その結果として変化した水位情報はフィードバックされて、制御システムに別の指令を実行させる。単純な例だが、このように情報と制御とが相互の対話を繰り返すことによって、「ちょうどよい」状態、人々が快適と感じられる状態を維持できる。それが、スマートでスムースな都市や社会インフラの姿である。

 日立はこれまでITだけでなく、発電や鉄道など様々なインフラ分野において、ものづくりと制御の技術を蓄積してきた。こうした経験を生かしながら、様々なプロジェクトを積極的に推進している。その一例が、2010年にスタートした青森県六ヶ所村における実証実験である。スマートグリッド技術を活用し、太陽光や風力などの自然エネルギーで地域の需要を100%まかなうことを目指している。

真の課題を社会が共有し 解決に向けて協力するために

 このプロジェクトで、日立は地域エネルギーマネジメントシステムや太陽光発電設備、自動検針メーター関連設備などを提供する。国内だけでなく、米国や中国、インド、スペインなどのプロジェクトにも参画している。ただ、技術は手段にすぎない。真の課題を社会が共有し、その解決に向けて協力し合うことが最も大切だ。

 多様な人々が構成する社会において、どのように合意を形成するのか。そのための方法論を、日立は提供している。これは、もともとお客様がIT導入やビジネス改革の場面で、現場の人たちや専門家などの議論を通して、本質的な課題を顕在化させて結論を得るための手法である。こうした手法をさらに洗練させる一方で、情報と制御の技術を磨きながら、「強く、やさしい社会」を実現する。それが日立グループの目指す未来である。

次世代都市実現に向けた日立の力
次世代都市実現に向けた日立の力
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