過去20年間、世界経済は着実な成長を遂げてきた。先進諸国のGDPは概ね2~2.5倍に増えた。それに対し、BRICsをはじめ新興国の成長は顕著で、とりわけ中国経済は15倍に拡大した。

 世界の富は新興国にシフトしつつある。20年前、世界のGDPに占める中国の比率はわずか1.7%だったが、今や9%に高まった。富の分配にはゆがみがあるが、国民の平均収入は間違いなく上昇した。

 日本に目を転じると、20年間にわたり国民1人当たりのGDPは横ばいか微減の状態だ。株価は1989年にピークを迎え、現在はその3割の水準、つまり7割下落している。この異常な現象の原因を究明し、具体的な行動に移す勇気が求められる。

共通点も多い米中両国 市場経済と介入を併用

東京証券取引所グループ 取締役兼代表執行役社長 斉藤 惇 氏
東京証券取引所グループ
取締役兼代表執行役社長
斉藤 惇 氏

 米国では、リーマンショックをきっかけに政府が市場に介入した。相当の反対意見があったにもかかわらず、それを押し切った。しかし、民主主義と市場経済を信奉する米政府は国家資金の早期回収を進め、その後は「市場に任せる」という明確な姿勢を示している。

 自由主義の米国に対し、中国は統制主義を取り、それぞれの考え方には大きな違いがあるが、市場経済と国家介入を併用するという意味では共通している。中国政府は基本的に市場でのリターンをベースに国家資金の有効利用と、その効用などを判断している。政府が明確な方針を打ち出しているところも米中両国の共通点といえる。

 それにひきかえ、日本では経済や市場に対する国家や国民のスタンスが不明確で、誰もが自分の利益を優先して行動しているようにみえる。ポピュリズム的な政策を繰り返し、コストだけが積み上がり、回収は放置されてきた。その結果、莫大な財政赤字を招いている。

 改めて我々は民主主義的市場経済の旗を掲げ、この方針から離脱する行為を阻止するという意思を示す必要があるのではないか。そして、日本を再建するための具体策を実行しなければならない。

 様々な経済的な問題を抱えるのは日本だけではない。米国は不動産不況から脱出できず、金融機関が差し押さえた担保物件を処分できない状態が続いている。無理に売却すれば、不動産価格は一段と下落してしまう。この問題が簡単に解決するとは考えにくい。こうした中で、州政府は大幅な税収減に見舞われ、警察官や教員といった地方公務員の解雇が相次いでいる。また、連邦政府は2010年度に1兆ドルを超える財政赤字に陥り、赤字削減への道筋を見出せない。財政健全化のためには歳入増と歳出減が不可欠になるが、それは容易なことではない。

国家主導の色彩が濃い中国・ブラジルの大企業

 中国では、現在の国家資本主義の先行きが読めない。この10年の中国の急成長を牽引したのは国家が所有し、国家が投資をするという国家資本主義である。半面、富の分配のゆがみや汚職の問題などが表面化している。国家資本主義が今後も継続するのか、それとも私有財産を自由化する方向に向かうのか、それを見極めるのは難しい。

 中国に限らず、国家資本主義は世界経済の中で大きな存在感を示している。エネルギー・資源関連の産業はその典型だ。世界の企業の時価総額ランキングを見ると、10年前には欧米企業がトップ20の多くを占めていた。最近では中国のペトロチャイナやチャイナモバイルに加え、ブラジルのペトロブラスやヴァーレといった新興国企業の躍進が目立つ。共通するのは政府の強力な支援を受けていること。国家主導の色彩が濃いとはいえ、企業経営や投資手法をみると資本7主義そのものだ。

 欧州の動きにも注視する必要があるだろう。欧州の相当数の民間銀行は南欧諸国の国債を大量に保有している。1国でも破綻すれば、欧州全体に波及し、金融危機に発展する可能性は小さくない。南欧諸国の現状は、日本にとって決して対岸の火事ではない。

 こうした難しい問題を抱える欧米や中国などに比べれば、日本は必ずしも悲観的な状況に置かれていない。解決すべき課題がはっきりしているだけ、むしろ有利な位置にあるのではないか。2011年はゼロ成長を予測するエコノミストが多いが、今年後半をみるとサプライチェーンの回復に伴う供給制約要因の解消、復興需要の期待によりプラス成長を見込める。

 時価総額1000億円以上の東証上場企業は今期の業績を売上高3.6%増、経常利益4.6%減と予想している。前の期の2011年3月期はリーマンショック後の回復過程に当たり、経常利益が大幅に増加した。それを考えると、この程度の減益幅は心配するものではないだろう。

 「失われた20年」と言われるが、その中でも成長した日本企業は少なくない。そうした企業には創業者が経営の舵取りをしているケースが多いようにみえる。創業者はアニマルスピリットを持ってビジョンを描き、リスクをとってチャレンジし、イノベーションを成し遂げている。

日本経済の成長のためにアニマルスピリットが必要

 日本経済を成長させるためには、こうした起業家や経営者が次々に生まれるような環境づくりが重要だ。日本には優れた技術のほか、教育水準の高さ、資産の蓄積がある。不足しているのは、これらを結びつけて価値を生み出すアニマルスピリットである。

 残念なことは、突出した経済的な成功に対してネガティブな反応を示し、結果として足を引っ張る状況をしばしば目にすることだ。積極的にリスクをとって挑戦する人を励ます価値観の醸成は、日本社会にとって大きな課題である。

 ほかにも、短期的・中長期的な課題はある。短期的なものとしては震災からの復興、原発問題や電力不足問題の解決がある。中長期的には、財政健全化と少子高齢化に取り組まなければならない。また、TPP(環太平洋経済連携協定)参加や法人税減税、規制緩和の促進なども重要だろう。

 課題を解決するには、既得権益との戦いや一時的な国民負担増は避けられない。それは困難な道のりだが、日本のリーダーは現在の国民だけでなく、将来の国民に対してもきちんと説明できるかという視点に立って責任を果たすべきだ。それは政治家だけの問題ではない。我々の1人1人が自分の責任でこの国の将来を考え、行動することが求められている。