急増するトラフィック対策として、10万スポット規模に無線LANエリアを拡張し、無線LANオフロードの取り組みを加速する携帯電話事業者。ただし無線LANオフロードにはいくつか課題も残る。

 まずユーザーの設定の煩雑さだ。前回の記事で紹介したように、一部で無線LAN網へのログインを自動化するサービスが登場しているが、多くのサービスでは課題として残ったままだ。次にオフロード先の無線LAN網を自社で運営していない場合、料金負担の公平性の問題が浮上する可能性がある。オフロード先の事業者にとってはいわゆる“ただ乗り”される状態になり、ユーザーにとっても利用しているインフラと料金を支払う先のインフラが違うことになりかねない。

 また、オフロード先の無線LAN網では、音声通話や携帯電話事業者が携帯網で提供するペアレンタルコントロールなどを利用できないデメリットがある。携帯電話事業者は、無線LAN網を携帯網とは別のインフラとして扱っているからだ。

 ただこうした課題について、将来的には解消される方向も見えてきている。携帯電話事業者のオフロードへのニーズの高まりと共に、携帯電話事業者による無線LANの利用を前提とした標準化の動きが活発化しているからだ。これらの課題を解消する形で標準化が進みつつある。

公衆無線LANのローミングが一気に広がる可能性

 中でもまず注目したいのが、Wireless Broadband Alliance(WBA)とWi-Fi Allianceという二つの大手業界団体がタッグを組むという動きだ。Wi-Fi Allianceは米シスコや米インテルなど主にベンダーを中心として、機器のIOT(相互互換テスト)を進める団体。一方のWBAは主に通信事業者がメインの団体で、日本からはNTTコミュニケーションズやNTTドコモ、ソフトバンク、KDDIが参加している。両者はそれぞれ事業者間ローミングの仕組みや認証を規定しており、お互い競合している関係だった。

 その両者が歩み寄り、2011年6月に「Next Generation Hotspot」(NGH)と呼ばれる新たな公衆無線LANのローミングの仕組みを推進していくことを発表した。「NGHは、GSMの国際ローミングのように、ユーザーが意識することなく、各事業者の公衆無線LANサービスを使えるようになることを目指している」(シスコシステムズの人見高史システムエンジニアリング&テクノロジーSPアーキテクチャシニアマネージャー)という。

 NGHによって、ユーザーの設定の手間が煩雑、料金負担の公平性の問題は、一部解決される可能性もある。

 NGHは、両団体が定めた規定のいいとこ取りの仕様となっている(図1)。事業者間のローミングの精算などは、WBAが規定した「WRIX」という仕様に基づく。一方、端末の認証やネットワークへのアタッチの仕組みは、Wi-Fi Allianceが規定した「Hotspot 2.0」を使う。

図1●大手業界団体が協力し「Next Generation Hotspot」を推進へ<br>主に通信事業者が主導するWireless Broadband Alliance(WBA)、ベンダー中心のWi-Fi Allianceという無線LAN関連の大手業界団体が、新規格策定で歩み寄った。2011年6月には、両者が協力して事業者間ローミングを推進することを発表した。新たなローミングの仕組みは「Next Generation Hotspot」と呼ばれる。
図1●大手業界団体が協力し「Next Generation Hotspot」を推進へ
主に通信事業者が主導するWireless Broadband Alliance(WBA)、ベンダー中心のWi-Fi Allianceという無線LAN関連の大手業界団体が、新規格策定で歩み寄った。2011年6月には、両者が協力して事業者間ローミングを推進することを発表した。新たなローミングの仕組みは「Next Generation Hotspot」と呼ばれる。
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 Hotspot 2.0では、外部ネットワークなどへのアクセス仕様を規定したIEEE 802.11uの仕組みを用いる。このため「ユーザーが接続先を選ぶことなく、最適なネットワークと接続が始まる」(人見シニアマネージャー)。認証自体も、SIMカードを用いた認証であるEAP-SIMなど、ユーザーに文字列を入力させない方法が実現される。まさにGSMのローミングのように、ユーザーによる操作を介さずに公衆無線LANにつながるわけだ。

 またローミングによる事業者間の料金精算の仕組みも備えているため、「事業者によっては、自前で設備を打たず、ローミングチャージを支払うことで無線LANアクセス網を手に入れることも可能になる」(人見シニアマネージャー)。料金負担の公平性の問題をクリアし、GSMのローミングのように、あらゆる無線LANインフラを利用できるようになる道が見えてきたわけだ。

 年内にはNGHのトライアルが始まり、2012年後半にはNGHに準拠した製品が出てくる見込みだ。これまで遅々として進まなかった公衆無線LANサービスのローミングが、今後急速に広がる可能性がある。NGHは世界各国の携帯電話事業者の注目度も高く、今後の携帯電話事業者の無線LANオフロードの在り方を左右する存在とも言える。