長引く不況でIT業界も厳しい状況が続いている。特に、直接ユーザー企業と取引するのではなく、大手ベンダーの下請け、孫請けとしてエンジニアを派遣するビジネスモデルの会社は深刻だ。案件の減少やオフショア開発の普及で単価はどんどん安くなる。セキュリティ意識の高まりからいわゆる「持ち帰り」の自社作業ができなくなり、プロジェクトのかけ持ちもできない。それでも仕事があればまだ良い方で、エンジニアを社内や自宅で待機させる会社もあると聞く。経営的にいつまでも待機させられないので、やがて「解雇する」か「営業をさせる」となる。

 営業と言われると解雇と同じくらいの衝撃を受けるエンジニアもいるそうだが、筆者は営業と解雇は天と地ほど違うと考えている。今回は、そんな事態に直面した若手SE、A君の話を紹介しよう。

 A君は受託開発型ソフト会社で活躍していたが、リーマンショック以降急に仕事が減り、ついには社内待機となった。そしてある日社長から営業を命じられた。その会社は元請け2社とだけ仕事をしていたので、営業といっても回る先がない。売り物もない。社長は「飛び込みとテレアポをとにかくやれ」と繰り返すだけである。

 A君は営業に対して持っていた「ドブ板」「コメツキバッタ」というネガティブなイメージそのものの活動を強いられ、ストレス漬けの日々であった。1人また1人と会社を辞め、A君も転職を決意。苦戦の転職活動の末、あるSI会社に開発担当のSEとして採用が決まった。しかししばらくすると、予定されていた案件がユーザーの都合でキャンセルとなってしまった。そして、上司から言われた。「A君、悪いが一時的に営業支援に回ってもらいたい」。

 前職の悪夢がよみがえった。断りたい、とすぐに思ったが、転職時の苦労を思い出すととても言い出せない。しぶしぶ営業との打ち合わせに出席すると、会議室には営業のBさんがいて、開口一番「Aさん、自分には営業は向いていないと思っているでしょう。でも大丈夫。ドブ板をやるわけではありませんから。一緒にソリューションを売りましょう」。

 Bさんは自分や上司が以前に名刺交換した相手、商材仕入れ先のベンダーからの紹介先をリストアップして、アポ取り候補リストを作成した。そのリストを基に2人で、電話やメールなどでアポをお願いする。なんらかの面識やつながりがあるので、比較的アポを取れる確率は高い。しかし、商材はファイルサーバーやグループウエア、文書管理システムなどベーシックなもので、SEのA君からすれば「いまさらこんなものが売れるのか」といったたぐいだ。不安を覚えてBさんに問うと「Aさんがきちんと要件定義をしてくれればチャンスはありますよ」。

 緊張の客先訪問であったが、話がサーバーの運用に及んだときにA君の出番がきた。そのユーザー企業ではNASを使ってファイル管理を行っていたが、容量が切迫しつつあり、かつセキュリティやバックアップに不安があることが分かった。A君の得意分野だ。何度か質疑を繰り返し、ファイルサーバーへの乗り換え案を提示すると、ユーザーの担当者が「あなた、詳しいね。そうなんだよ、そこを悩んでいるのです」とうれしそうに言ってくれた。その後商談は成立。小さな案件であったがA君は自信をつけ、その後いくつか営業実績を挙げたそうだ。今は開発プロジェクトのSEに戻っているが、聞けば「営業での経験で度胸がついて、ユーザーと話すことに躊躇しなくなり、SEとしても成長できたと感じる」という。

 IT業界で成功している人は、出身が営業だろうがSEだろうが共通している。ITの知識があり、なおかつユーザーの悩みを聞いてそれに応えられる人だ。ドブ板営業をやる必要はない。しかしエンジニアには、ソリューション営業をぜひ経験してもらいたい。

永井 昭弘(ながい あきひろ)
1963年東京都出身。イントリーグ代表取締役社長兼CEO、NPO法人全国異業種グループネットワークフォーラム(INF)副理事長。日本IBMの金融担当SEを経て、ベンチャー系ITコンサルのイントリーグに参画、96年社長に就任。多数のIT案件のコーディネーションおよびコンサルティング、RFP作成支援などを手掛ける。著書に「事例で学ぶRFP作成術実践マニュアル」「RFP&提案書完全マニュアル」(日経BP社)