インターネットが普及したこの10年、ネットワークやサーバー、PCなどのインフラは中小企業でもかなり整備されてきた。今やメールやWebを利用していない企業はほとんどない。しかし、中小企業のIT活用がうまくいっているかといえば、それは違うだろう。いまだに数多くの中小企業が悪戦苦闘していると言ってよい。

 新潟でガソリンスタンド数店舗を経営するA社のケースを紹介しよう。社長のB氏は40代後半。自身はパソコン黎明期からのユーザーであり、早くから経営情報化のためのIT活用を模索していた。そして数年前、思い切った決断を下した。それまで利用していた安価な業務用パッケージ・ソフトに限界を感じ、自社開発で業務システムを構築することを決意したのだ。

 開発したのは顧客情報管理システムである。顧客に関するちょっとした気付き情報をきちんと把握し、きめ細かなサービスを提供して顧客満足度を高めるというB社長の経営理念に基づいたものだ。A社の規模からすれば大きな投資であった。筆者もコンサルタントとして支援を行い、自治体からも助成金を獲得して、無事システム構築を成し遂げた。B社長自らプロジェクト・マネージャとして奮闘したおかげで、システムの出来栄えは客観的に見てもなかなかのものであった。

 だが、社員やアルバイトはB社長の理念やシステム導入の意図をすぐには理解してくれない。「たばこを吸うお客様か」「座席に犬を乗せた痕跡があるか」「オイル交換を勧めた時の反応はどうだったか」といった情報がなぜ必要なのか理解できずにいた。だから情報の入力が徹底しない、情報があっても見ない、その結果、サービスが全く向上しないという状況であった。

 ここでB社長は、その原因がシステムではなく社員教育にあると考え、解決のヒントとして外食産業やホテルに着目した。東京に出張し、接客に力を入れていると評判のレストランや居酒屋チェーンをいくつも回った。顧客サービスの模範として必ず名前の出るホテルのザ・リッツ・カールトンにも宿泊した。そしてある大手外食チェーンOBを講師として採用し、月に1日、1年間の接客研修を全社員・アルバイトに課したのである。

 筆者も講師のCさんの研修を何度か見学させてもらったが、その指導はまさに「モチはモチ屋」という感じであった。外食産業やガソリンスタンドの求人に応募してくる人材は必ずしも全員が「品行方正にして学力優秀」とは限らない。能力も意欲も責任感も人によってバラバラなことが多い。A社も例外ではなかった。そのバラバラの社員・アルバイトに、Cさんは粘り強く指導していく。最初はあまりやる気のなかった社員たちも、厳しくも情熱のある指導に、少しずつ変化していった。

 そして何カ月か経過したある研修日、アルバイトの女性が次のように報告をした。「洗車を勧めても、いつも断られていたおじいさんのお客さんがいた。車はきれいだったけど、洗車を売らなきゃいけないとマニュアル的に勧めていた。ところが先日『いつも車きれいですね』と声をかけたら『孫にお小遣いをあげて洗ってもらってるんだよ』と嬉しそうに答えてくれた。あっ、それがおじいさんの楽しみだったのか、と気が付いた」。

 この報告を境に、多くの従業員が「気付き情報とは何か」を理解するようになった。こうなると、システムが効果を発揮する。情報が積極的に入力されるようになり、データがどんどん蓄積する。データがたまれば、それは営業情報として効力を発揮し始める。

 多くの中小企業経営者は「ITは道具に過ぎない」と言う。しかしそれは誰かの受け売りで、本当に分かって言っている人はわずかではないか。ITエンジニアにとっても同じだ。道具
は正しい用法を学び、地道に練習してこそ使いこなすことができることを忘れてはならない。

永井 昭弘(ながい あきひろ)
1963年東京都出身。イントリーグ代表取締役社長兼CEO、NPO法人全国異業種グループネットワークフォーラム(INF)副理事長。日本IBMの金融担当SEを経て、ベンチャー系ITコンサルのイントリーグに参画、96年社長に就任。多数のIT案件のコーディネーションおよびコンサルティング、RFP作成支援などを手掛ける。著書に「事例で学ぶRFP作成術実践マニュアル」「RFP&提案書完全マニュアル」(日経BP社)