田中淳子氏と芦屋広太氏によるヒューマンスキル往復書簡は早くも第7回。田中氏の「よいところを見つけて、声に出して褒める」という言葉を受けて、芦屋氏が「自分の言葉」「自分の意思」で部下を褒め、評価することの重要性をズルイ上司の実例を挙げて語ります。(編集部)

淳子さんへ

 「よいところを見つけて、声に出して褒める」ことの重要性を指摘していましたね(第6回:自信と勇気と努力をもたらす魔法の杖)。まったくその通りだと思います。私も部下をもつマネジャーの立場ですから、このことは肝に銘じています。

 部下を褒めるときには、「自分の言葉」「自分の意思」で伝えることを常に心がけています。上司として部下を評価するのは、ほかならぬ自分です。「褒められること」は「上司に評価されること」と同じである。この点を明確にしておくことが欠かせないと思っています。

 今回のタイトルは皮肉っぽく感じられるかもしれません。こんなタイトルにしたのは、淳子さんの文章を読んで、昔聞いた話を思い出したからです。この話に登場する主人公を「Aさん」としておきます。問題はその上司のB課長です。

努力家、Aさんの困惑

 Aさんは、あるメーカーの情報システム部で働く30歳の男性SEです。人一倍努力家で探究心豊か。他人が嫌がるややこしい問題を、いつも自分で工夫して解決するように行動していました。

 当時Aさんは入社8年目。その年がちょうど昇格時期に当たっていました。Aさんは昇格を意識して、なんとか成果を出したいと思っていたのです。

 それまで、Aさんは4人の上司の下で働いてきました。これまでの上司はみな、「これをしたら評価する」「これはするなよ。評価できないから」と、評価の基準をAさんに明確に伝えていました。

 「評価に値することをしたら褒める」「評価できないことは注意したり叱ったりする」---。こういう態度を採る上司の下で、Aさんは成長してきました。

 入社8年目を迎えた年の初めに、B課長がAさんの新しい上司になりました。それが、今まで「自分が評価される基準」をもって順調に成長を続けてきたAさんを混乱させるきっかけになったのです。

「そんな無責任な態度では駄目だろう」

 B課長は、これまでの上司とは違いました。最初の面接で、Aさんはそのことを強く実感しました。

B課長:今年は昇格時期だな。全力をあげて会社にアピールしてほしい。やれることは全部やっておくことが、会社にアピールする上で必要だ。そうすれば、会社は君を評価するのではないかな?
Aさん:あの…課長、自分の人事考課の話で恐縮ですが、昇格の申請は課長にしていただくのですから、具体的な目標とかをすり合わせたいと思っています。課長の私に対する期待や評価基準、アピールポイントを教えていただけると助かります。
B課長:何言っているんだい? それはこっちが聞きたいことだ。私が評価したからと言って、会社が君を評価するかどうか分からないじゃないか。
Aさん:(意外な答えにとまどいつつ)あの…そう言われましても…
B課長:仮に私が伝えた要望通りに君が行動したとして、それでも君が昇進しなかったら、あまり良くないことになるんじゃないか。社長はシステム部に企画力を強化してほしいと思っている。部長はコンサルティング力を伸ばしたいと考えている。こうしたことをA君は知っているよね。で、君はどうするの? 決めるのは君だ。それに対して、アドバイスはするよ。
Aさん:でも、やはり課長がどう考えているかを聞いたうえで判断すべきではないかと思うのですが…
B課長:そんな無責任な態度では駄目だろう。それでは会社は評価してくれないぞ。
Aさん:B課長、会社、会社と言われますが、人事考課は課長と部長、担当役員、人事で協議して決めるものだと、人事研修で説明を受けています。
B課長:違う、違う。人事は会社が決めるもの。社長が決めるものだ。課長の一存で決められるものではないんだよ。分かるだろう?
Aさん:社長は私のような一般社員の人事には関与しないと、人事課長が言ってましたが…
B課長:君は理屈っぽいな。とにかく人事は会社だ。社長だ。会社はちゃんと見ているんだぞ。君が頑張れば、ちゃんと評価されるはずだ。