初代内閣安全保障室長で、東大安田講堂事件やあさま山荘事件など数多くの危機を経験した佐々淳行氏に、危機対応の心得を聞いた。指揮官と部下が取るべき行動を示した「五訓」が有効だと語る。

東日本大震災で日本は危機的な状況に直面しています。大地震後の危機対応をどう評価していますか。

初代内閣安全保障室長 佐々 淳行(さっさ あつゆき)氏
初代内閣安全保障室長 佐々淳行氏

 巨大地震と津波、福島県の原子力発電所の事故の三つは、国難といえるほどの危機です。そのようななか、統治される側の国民、特に被災された東北地方の方々の振る舞いは立派でした。物資を奪い合うといった混乱を起こさず、沈着冷静に対応していました。

 しかし国や東京電力といった統治する側の危機対応は目を覆うばかり。反省すべき点は少なくありません。米軍の兵学校で掲げられている教訓に「オーダー、カウンターオーダー、ディスオーダー」というものがあります。「命令を出した後、それとは反対の命令を出す。すると現場は混乱する」という意味で、危機対応時にやってはいけないことです。計画停電の実施が発表された後、行わないと訂正した。その結果、社会的な混乱が起こりました。

最初に小さく構えると不安をあおる

 「大きく構えて小さく収めよ」も危機対応の鉄則です。被災地域への自衛隊の派遣要員は当初8000人。それを徐々に10万人まで増やしていった。

 これは、最初から大きく構えて10万人としておくべきでした。「目の前で危機が起こっているのに人手不足で対応できない」という事態は、絶対に避けなければならないからです。要員の規模は、それほど必要ないと分かったときに、縮小すればよいのです。

 最初に小さく構え、後で大きくすると、不安をあおることにもなります。原発からの避難範囲の半径も、当初狭かったのを後で広げた。これで周辺住民の間に動揺が広がってしまいました。

危機対応に当たって、どのようなことを心得ておくべきですか。

図1●危機に対処する現場で有効という「後藤田五訓」
図1●危機に対処する現場で有効という「後藤田五訓」

 危機に対応する際、現場に周知しておくとよいのが、「後藤田五訓」です(図1)。私が中曽根内閣で内閣安全保障室長を務めていたとき、上司だった内閣官房長官の後藤田正晴さんから受けた五つの訓示です。指揮官と部下の双方のための訓示になっています。

 「省益を忘れ、国益を想え」とは、自分が担当する狭い範囲だけではなく、視野を広げて行動せよという意味です。危機的な状況では、まず関係者全員が目的を共有した上で解決を目指す必要があるので、大切な訓示です。

 「悪い本当の事実を報告せよ」は、部下からの報告に関する訓示。危機に直面したとき、指揮官は、状況を踏まえて次から次へと適切な命令を出していかなければなりません。それには本当なら聞きたくないような悪い事実を把握することが必要なのです。

 指揮官は、悪い事実の報告を受けて怒ったり、「いやな報告は聞きたくない」と言ったりしてはいけません。それ以降、現場から情報は上がってこなくなるからです。「いったい現場はどうなっているのか」と指揮官自身が疑心暗鬼になってしまう。対応も後手に回ってしまいます。

 危機的な状況では「六何(5W1H)」がそろった報告を求めるのもいけません。すぐにアラートが上がることが大切だからです。内容がWhatの「一何」だけでも、早い「拙速報告」を求めるようにします。報告を受けたら、詳細は突き詰めず、情報の追加を待ちます。

情報が限られているときにも指揮官は命令を出す必要があります。どのように命令すればよいのでしょうか。

 最初から命令を完璧なものにしようとしないことが重要です。詳細な報告が上がってくるごとに、内容をより詳しくした命令を、段階的に出していくのです。航空自衛隊の戦闘機パイロットへの命令でこのやり方がとられています。「領空内に不審な航空機が発見された」という報告を受けたら、まずは「3分以内に離陸せよ」という命令を出して発進を急ぐ。不審な航空機の侵入方向や高度が分かったら、その方向と高度に関する命令を追加で出していく。このように命令を出せば、現場が混乱することはありません。