チャンスが訪れたときや困ったときに、必要な人材やリソースを引き寄せる能力があるかどうか。筆者はこれを「プルの力」と呼び、プルの力を活用してセレンディピティ(幸福な偶然)を起こすことが、成功する組織の要件だと説く。それには、ピラミッド型でトップダウンで情報が伝達される「プッシュ型」組織から、Facebookなどに代表されるソーシャルメディアで情報を募る「プル型」組織に変わる必要があるという。

 筆者はまず、「消え行くプッシュの力」と題し、現在進行中の大きなパラダイムシフトについて解説する。

 産業革命以降、大組織は特定のエリートの決断に従い、大衆をコントロールして生産活動を行ってきた。しかし、インフラの変化に代表される三つの「大きなシフト」により、組織の力が弱くなるのと反比例して、個人の力が強くなりつつあると筆者は指摘する。

 次に、プルの力が働く仕組みを「アクセスする」「引き寄せる」「達成する」の三段階で解説していく。

 「アクセスする」の章では、伝統的企業だった独SAPが発想を転換したケースを取り上げる。ある人類学者によると、デジタル機器の助けを借りずに人間関係を維持できる数は150人が限界だとされる。だがSAPは、ソーシャルメディアを利用することでその壁を超え、世界中に散らばる才能を利用できたという。「引き寄せる」の章では、セレンディピティの起こし方を詳しく説明し、「達成する」の章では、時代に適応しつつ競争力を維持する方法を解説する。ソーシャルメディアなど「プルのプラットフォーム」が整備された現代では、眠れる才能を開花させるために、生涯勉強を続けられるようになったと筆者は語る。

 評者は、伝統的なプッシュ型組織に属しており、最近は顧客や世の中の変化にどう対応していくか模索していた。そのため、非常に興味を持って読むことができた。新しいプラットフォームを活用して、個人の成長を組織の成長につなげていくうえで参考になる。経営層に加え、それを目指す人にも薦められる一冊だ。

評者:村林 聡
銀行における情報システムの企画・設計・開発に一貫して従事。三和銀行、UFJ銀行を経て、現在は三菱東京UFJ銀行執行役員システム部長を務める。
『PULL』の哲学

『PULL』の哲学
ジョン・ヘーゲル3世/ジョン・シーリー・ブラウン/ラング・デイヴソン著
桜田 直美訳
主婦の友社発行
1575円(税込)