ちょっとした油断で仕事の定石を破ってしまい、そのしっぺ返しとして思わぬ面倒を引き起こす。こんなことが往々にしてある。筆者の知人であるAさんから聞いた話だ。

 AさんはX社のシステム部に勤務する中堅SE。Aさんがある小さな開発案件の発注業務を担当したときのことだ。特定部署だけで使用する情報系システムで1~2人月程度の規模であったが、開発を外注する場合は複数の外注先にRFP(提案依頼書)を提示し、相見積もりを取るのが社内ルールとなっていた。

 Aさんは数枚の簡単なRFPを書いて、いよいよ外注先に声を掛けることになった。声を掛ける相手としては個人事業主として取引実績があったBさんが第一候補としてすぐに頭に浮かんだ。ほかにいくつかの受託開発ソフトウエア会社が候補に挙がったが、案件の規模と内容から「Bさん以外の会社は面倒くさがって受けてくれないか、価格が折り合いそうにないな」と思っていた。

 実際に数社にRFPを提示し、相談してみると案の定あまり積極的でない。RFPの予算額を見ると「いやー、これは正直きついですね」と渋い顔をする。「いくらならできますか?」と聞くとかなり割高な金額が出てくる。やはり本命はBさんだろうと、ある日の夕方に来てもらいRFPを渡した。

 BさんはRFPを読み、いくつか質問をした後に、「これならできそうです。見積もりをお出しします」と前向きな姿勢である。Aさんは内心「これで決まりだ」と思ったが、もちろんその場でOKを出すわけにはいかない。型通り、指定した期日までに簡単な提案書と見積もりを出してもらい、審査の後に発注先を決定する旨を伝えた。

 面談が終わるとBさんが「軽く一杯行きませんか?」と誘ってきた。Aさんは「提案依頼中の外注先と飲みに行くのはまずいな」と思ったが、「Bさんとは初対面ではないし、割り勘ならいいだろう。それにどうせBさんに決まりだろうから、いろいろと細かいことを話す良い機会かもしれない」と付き合うことにしたのだ。

 ビールで乾杯し、酒の勢いもあって話ははずんだ。Bさんにも接待して心証を良くしようという変な下心は感じられず、途中までいい雰囲気だった。ところが、だいぶ酒が入ってきたところでBさんが「今回の案件はなかなか微妙な予算ですね。個人でやっているエンジニアを生かさず殺さずといった金額じゃないですか」と絡んできた。

 はじめのうちはAさんも「いやー、ウチも予算がなくて」とかわしていたが、酒の入ったBさんは話題を変えようとしない。Aさんもつい予算の妥当性をムキになって反論し、それがエスカレートして大声での口論となってしまった。店からは注意され、お互いバツが悪いまま別れたという。

 翌日、BさんからAさんに電話で謝罪があり、今回の提案は昨晩の失態の反省もあり辞退したいと言ってきた。Aさんはもちろん自分も悪かったからと慰留したが、Bさんは、今回は責任を取って辞退するから出入り禁止だけは勘弁してほしいと涙声で繰り返す。

 辞退を申し出た外注先をあまり強く慰留するのも発注担当者としては公平性や透明性を欠いてしまう。Bさんの辞退を受け入れ、ほかの外注先数社から選定することになった。だが前述したように予算が合わず、価格交渉が難航した。結局は上司に相談して若干の予算増額を認めてもらい、ようやく発注にこぎつけたそうだ。

 Aさんは筆者に言った。「コンペ中の外注先とは飲みに行かないという当たり前のことを守っていれば、なんでもなかった。案件が小さい、Bさんとは旧知といった油断があった。Bさんは仕事をロスし、私は上司からの評価が下がり、会社は追加費用が発生と、踏んだり蹴ったりですよ」。

 Aさんに油断があったのは間違いない。もちろんBさんにもだ。油断というのは本当に怖い。

永井 昭弘(ながい あきひろ)
1963年東京都出身。イントリーグ代表取締役社長兼CEO、NPO法人全国異業種グループネットワークフォーラム(INF)副理事長。日本IBMの金融担当SEを経て、ベンチャー系ITコンサルのイントリーグに参画、96年社長に就任。多数のIT案件のコーディネーションおよびコンサルティング、RFP作成支援などを手掛ける。著書に「事例で学ぶRFP作成術実践マニュアル」「RFP&提案書完全マニュアル」(日経BP社)