日本放送協会(NHK)は、「技研公開2011」を5月27日から4日間開催した。NHK技術研究所では、5年以内の実現を目標に、放送・通信融合時代を先導する技術の研究・開発を進めている。今回は、今後テレビへの実装を目指すことになると想定される「ICカードがいらない書き換え可能な次世代CAS(Conditional Access System)」と、昨年の技研公開で提案されたデジタル放送システムに通信サービスを連携してテレビを軸にさまざまなサービスを展開するための基盤システム「Hybricast」について取り上げる。

ICカードを利用しない次世代CASを開発

写真1●ダウンローダブルCAS
写真1●ダウンローダブルCAS
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 NHK技術研究所では、放送セキュリティ分野において、より安全で柔軟性があり、かつ利便性にも配慮した次世代CAS(Conditional Access System)技術を研究している。その成果として、より安全で確実なアクセス制御と著作権保護を実現するために、放送や通信経由でCASのセキュリティ機能(CASプログラム)を、安全に追加・更新可能なダウンローダブルCAS技術を開発した(写真1)。

 現在利用されているB-CASは、ICカード(いわゆるB-CASカード)上に一部機能を実装することが前提になっており、CASプログラムの書換えに対応していない。NHK技術研究所が開発したダウンローダブルCAS技術では、夜中などの視聴者がテレビを見ていない時間帯に放送波や通信を利用して、新しい暗号化プログラムを伝送し書き換えを行うことができる。また、受信機の中に異なる複数のCASプログラムを持つことができるため、さまざまなビジネス要件に対応することができるという。会場では、128ビットのAES(Advanced Encryption Standard)に対応したCASプログラムがLISに書き込まれている受信機に対して、256ビットに強化されたCASプログラムを通信で配信して書換えることで、256ビットのAESで暗号化されている番組を視聴することが可能になるデモを行った。

 現在、総務省の情報通信審議会 情報通信政策部会のデジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会において、フルセグ受信に対応した携帯端末や多機能情報端末など様々なデジタル受信機のニーズに対応するため、地上デジタル放送のICカードを利用しない新コンテンツ権利保護方式が検討されている。例えば民放連は2012年7月までに全国で導入することをを目標にすると2月の理事会で決めている(日経ニューメディア、2011年2月21日号p.4に関連記事)。ただし、これはソフトウエア(あるいはチップによる処理も可能)による処理を前提しているが、書き換えは前提にしてしていない。

 放送や通信を利用してCASプログラムの書き替えが可能なこのダウンローダブルCASの採用は、万が一の場合のセキュリティ対策という面もあり期待されるが、スケジュールの観点から間に合わないという。「今後も次の世代のソフトウエアCASへの採用に向けて提案していきたい(説明員)」と説明した。なお、現在NHK技術研究所が開発を進めているHybirdcastでも、このダウンローダブルCASを組み込むことを想定しているという。

昨年の提案段階から進展したHybridcastシステム

 NHKは、2009年12月からデジタル放送のデータ放送画面からNHKオンデマンドのサイトへ遷移する放送・通信連携IPTVサービスの提供を行っている。昨年のNHK技研公開では、この放送・通信連携をさらに進化させた放送通信連携サービスを提供する新しい基盤としてのプラットフォーム「Hybridcast」を提案した。

 Hybridcastは、同報性などの放送の特徴と、視聴者の個別の要求に応えることができる通信の特徴を活かし、放送サービスを中心に置きながら通信の活用によって、魅力があるサービスを実現することを目的としたシステムを構築するためのプラットフォームである。具体的には、現行の放送サービスは継続し、新しいサービスは放送と通信を連携してインターネットからサービスを提供できるインタフェースを提供する。また、受信機については、現行のデジタル放送受信機を高度化したハイブリッド受信端末であり、タブレットやスマートフォンなどの携帯端末やパソコンと連携することができる機能を持たせることにより、放送と通信それぞれの特徴を活かした様々なサービスの実現を目指す。

 今年の技研公開では、ソニーが試作したHybridcast対応一体型テレビとパナソニックが試作したSTBが参考出典された。また、Hybridcastの技術要件を整理し、Hybridcastで目指すサービスコンセプト、APIなどの必要なインタフェースやシステムアーキテクチャを明確にした「Hybridcastの技術要件」が、27日に行われた特別発表「Hybridcastの開発~放送通信連携サービスの高度化に向けた技術要件~」で、NHK放送技術研究所・次世代プラットフォーム専任研究員の松村 欣司氏が解説した。

 Hybridcastで目指すサービスコンセプトは、3つあるという。第1は、通信ならではのソーシャル/パーソナルなサービスを放送との連携である。例えば放送と連携したVOD(ビデオ・オンデマンド)の場合、放送を見ている人がその番組に関連した番組をお勧めするレコメンドサービスや、インターネット上のソーシャルネットワークサービスを放送と連携させ、番組に関連する話題を情報交換する場を作るサービスなどがある。

 第2は、放送番組に通信からのコンテンツを合成して、放送番組をより分かりやすく、またはより面白く見せることができることである。例えば、放送にあわせて通信サーバーから追加情報となる字幕や映像を提供し、受信機側でそれを合成して表示し、視聴者の選択により、字幕を追加してみたり、別なアングルの映像を追加してみたりすることである。

図1●Hybridcastのシステム全体構成
図1●Hybridcastのシステム全体構成
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 第3は、携帯端末やパソコンと連携して番組をより便利に深く楽しむことができるようにすることである。例えばサッカーの試合を家族で視聴している時に、出場しているサッカー選手の詳細情報を手元の情報端末でみることができる。

 従来の放送・通信連携で提供する通信側サービスは、放送事業者が提供していたが、放送局以外の事業者が「サービス事業者」として提供できる仕組みも組込んだ。放送事業者から提供された番組に関連するメタデータを利用し、第三者がインターネットを使って視聴者へ番組と連携するVODサービスを提供したり、アプリケーションを開発して配信することで様々なサービスを実現していくことが可能となる(図1)。