東日本大震災および福島第一原子力発電所の事故は、観光産業に深刻な影響を与えている。日本政府観光局の統計によると、2011年3月の訪日外客数は前年同月比50.3%減、4月に62.5%減となった。また、JR6社の5月9日付の発表によれば、ゴールデンウイーク期間(4月28日~5月8日)における主要47区間の特急・急行列車の利用者数も前年同期比11%減と大きく減少した。

 日本政府は2007年に「観光立国推進基本計画」を打ち出し、2006年に733万人だった訪日外国人旅行者数を2010年に1000万人に伸ばす目標を掲げた。その結果、2010年は目標達成こそできなかったものの過去最高の861万人を達成。中国からの来日規制の緩和やプロモーション強化などに着手しつつあった矢先のアクシデントだった。

 訪日する観光客のうち6割強を韓国・中国・台湾からの客が占める。福島第一原子力発電所の事故をきっかけにこうした国や地域で日本への渡航自粛が打ち出されたことが響いた。

 しかし幸いにもこうした渡航自粛勧告は緩和されつつある。また、中国に対する訪日査証の条件緩和の検討を日本政府が進めている。

 そうしたなか、この不運を跳ね返すために観光産業はIT活用によるサービスの高度化をさらに進める必要がある。携帯端末などを持ち歩いてもらい外国語で観光情報を提供するなどだ。そこで無線インフラや、デジタルサイネージ、スマートフォンといったITを駆使して、言葉の違いを乗り越えたサービスを提供する取り組みを報じた記事を以下で紹介していこう。

様々な周波数帯で情報提供実験

 まずは無線通信のインフラから紹介する。数種類の周波数帯の活用が進められている。ワンセグ技術を使って狭いエリアに配信するエリワワンセグ、無線LAN、テレビ放送用電波の空き部分(ホワイトスペース)、地上放送の完全デジタル化によって空く周波数のV-Low帯(VHFの第1~第3チャンネルの18MHz幅)などだ。

ヨーズマーらが東本願寺エリアワンセグ放送、GPS連動データ放送も展開

小布施町で広域無線LAN実験、コストや有用性を検証へ

ホワイトスペース特区先行モデルを決定

1セグ分の帯域が年数百万円、新しい地域情報メディア「V-Low帯」の行方

二次元バーコードやICタグなども観光情報提供に応用

 無線通信を使わない情報提供の仕組みの考案・実証実験も進んでいる。例えば交通施設にICタグや2次元バーコード、Felica端末などを配置しておき、スマートフォンをかざしてもらうことで、観光客にその場所に応じた情報を入手してもらうなどだ。無線を通じた情報提供に対して、居場所に応じた情報を提供しやすい利点がある。

銀座で「ucode」割り当てたICタグや無線マーカーによる精密ナビ

日立とKDDI、UHF帯ICタグを読み取れる携帯電話機を開発

西日本鉄道がバス停に2次元バーコード、韓国人向け観光案内を携帯で提供

Felicaカードで情報提供や支払い管理、城崎温泉の「ゆかたクレジット」

船舶にもホテル内にもデジタルサイネージ

 デジタルサイネージの実験も盛んに行われている。駅や街中、船舶、港にサイネージ端末を置くのはもちろん、ホテルのテレビをサイネージにしようというユニークな実験も行われた。

ケイ・オプティコム大阪府箕面市とデジタルサイネージ実験

CSKが蓄積型放送の実験、駅に設置したデジタルサイネージ端末で

九州・沖縄マルチメディア放送、船舶デジタルサイネージ事業に参画

JCTV、港に設置するデジタルサイネージで「モグモ超解像」

宿泊施設のTVをサイネージ化するユニークな挑戦

観光客にスマートフォンなどを貸し出す

 ここ1~2年で急速に普及が進んだタブレット端末やスマートフォンは、観光案内の情報伝達手段としても注目を集めている。こうした端末を観光客に貸し出して使ってもらおうという試みも盛んになりつつある。

ホテル向けに会話補助のアプリなどを導入済みのiPadをレンタル提供

観光客にiPod Touchを貸し出し、高知市のユビキタスプロジェクト

沖縄県「斎場御嶽」で観光客にiPod Touchを貸し出し、外国語で情報提供

GPS連動や拡張現実などアプリケーションも高度化

 スマートフォンで稼働するアプリケーションについても様々な技術や機能が考案されている。例えばGPS連動のアプリケーションだ。アプリ内のマップ上に各スポットの位置を表示してもらったり、観光客の位置情報を基に周辺のスポット情報を提供したりできる。

 スマートフォンの内蔵カメラで撮影した風景にスポット情報を重ねて表示することで、より視覚的に観光情報を提供しようというAR(拡張現実)の取り組みも盛んになってきた。岐阜県のように「エアタグ」と呼ばれるARアプリ向けの情報を配備した自治体もある。

 このほかにも、観光客のいる場所や状況に応じた情報処理を自動的に行う「コンテクストアウエアネス」と呼ばれるコンセプトが提唱されたり、網膜走査ディスプレイを使った「仮想通訳」のような機能を携帯端末で提供する技術が開発されたりしている。

 さらには位置ゲームを通じて旅の楽しさを他の人と共有してもらおうというサービスも登場している。まずは日本人観光客向けから始まっているが、いずれ海外からの観光客に向けても提供する動きが活発化する可能性は高い。

北海道放送、位置情報と連動した観光動画を提供するiPhoneアプリ

横浜でAndroidに取り組む団体が集結、AR用いた観光ガイドアプリも

岐阜県がセカイカメラのエアタグを全市町村に配備、観光情報など3711件

渋谷の街に隠されたアイテムを探せ! 「電脳コイル」を体験できるAR実験

IntelのラトナーCTOが「コンテクストアウエアネス」を提唱

もう外国語で悩まない!?英語音声を認識しテキスト表示するシステム

位置ゲーと“ジオメディア”で地方活性化

海外カード決済への対応も有効

 情報提供の仕組みを充実させるほか、海外の銀行カードなどによる決済に対応することも、海外からの観光客向けに有効なサービスだ。北海道銀行は台湾の銀行カードで預金を引き出したり、買い物や飲食などの代金を支払ったりできるサービスを2010年から始めた。JCBは加盟店に対して、中国の銀行間接続ネットワークの運営会社である中国銀聯に対応したクレジットカードやキャッシュカードに対応した端末機の導入を働きかけている。

「地の利」を生かす---北海道銀行、パーク24

JCBが銀聯カードの加盟店拡大に向け新施策、決済端末の導入を支援