システム開発プロジェクトにはさまざまなメンバーが参画する。複数メンバーでシステムを作り上げて行く過程では、当然のことながらメンバー間で成果物品質に差が生じてしまう。この差をPM(プロジェクトマネジャー)が何とも思わないようでは問題である。小さな差だろうが大きい差だろうが、差は差として認識し、品質の高い成果物を作成するメンバーにはそれなりの対応をしなければならない。この発生する差を無視し、常にメンバー全員に同じことを言ってしまったばかりにプロジェクト運営がうまくいかなくなるケースもあるからだ。

協力会社3社が参加するPMを任されたT君の経験

 ユーザー企業の情報システム部に所属するT君は、数年前に大手システムインテグレータから転職してきた中堅SEである。前職での経験を買われて転職後すぐにPMを任され、いくつのプロジェクトを経験した後、今回300人月程度のシステム開発プロジェクトのPMを担当することになった。

 このプロジェクトはこれまでのプロジェクトとは異なり、納期必達の案件で、開発ボリュームが大きい割には期間が非常に短い、いわゆる「短期決戦型プロジェクト」だったのである。協力企業A社だけではSEの数が足りず、B社とC社の合わせて3社で取り組むことになった。T君はこれまで複数社で構成されたプロジェクトチームで仕事をした経験はあったが、PMとして取り組むのは初めてだった。

 要件定義フェーズは、T君とT君の後輩のほか、協力企業各社1人ずつのSEが参加した。設計フェーズ以降は、三つのサブシステムがあったので、A社・B社・C社に一つずつ割り当てることにした。T君がこのような体制にした理由は、各社に発注する際の契約単位が分かりやすいからという単純なものだった。

 要件定義が終わり設計フェーズに入る頃になると、プロジェクトの忙しさは増してきた。納期の厳しいプロジェクトだったので、3社の担当者は毎日遅くまで仕事をすると予想したが、会社によって差があった。

 B社・C社のSEは殺気だった顔で仕事をし、毎日遅くまで残業して土曜日も出社する状況だった。それに比べ、A社のSEは毎日1~2時間こそ残業はするものの休日出勤はなく、SEの顔も比較的ゆとりのある顔だった。各社が担当しているサブシステムの開発ボリュームに多少の違いはあるものの、それほど大きな差はないはず。不思議に思ったT君は各社の担当者から状況を聞くことにした。

A社:多少の遅延はありますが問題になるほどではありません。期日までには間に合います。
B社:現在なんとか遅延を出さないで進めている状況です。ただ予断を許しません。
C社:遅延はありませんが余裕があるわけでもありません。現在のペースで何とかスケジュールを守っている状況です。

 これを聞いたT君はA社の進捗に多少の不安を抱えつつも、とりあえずはA社に任せることにした。しかし事態は好転することなく、設計フェーズが完了する頃になると、3社とも2~3日の遅延が発生してしまう事態になっていた。

 各社からの報告を受けたTさんは「やはりA社の遅延が回復しなかったか」と思ったが、ひとまず安心した。なぜならば、3日の遅延は彼が想定していた遅延リスクの範囲内に収まっていたからである。そこで彼は各社の3日遅延を許可し、設計完了次第実装に移るように指示したのだった。

 実装フェーズに入っても各社のスタイルは変わらなかった。A社のSEは依然としてマイペースであり、それに引き替えB社・C社のSEは相変わらず忙しそうにしていた。

 しかし単体テストフェーズに入って事態は一変する。A社のプログラムでバグが頻発したのだ。しかも単純な実装ミスではなく設計ミスに起因するようなバグも含まれていた。ここにきてA社は“火”を噴いている状況になってしまった。一方のB社・C社のSEは幾分か落ち着きを取り戻し、以前ほどの忙しさは少なくなり、殺気だった表情も消えかかっていた。

 この状況を見たT君は、B社・C社に対し、プロジェクトで発生した火を消すためにA社に協力するよう要請したのだった。T君としては、ここでA社に厳しく指導してA社の士気を落とすより、順調になりかけたB社・C社の勢いを借りて一気に火を消しプロジェクト全体の士気を高めようと考えてのことだった。

 B社・C社の働きにより、A社から出た火の手は幸いボヤ程度で消し去り、プロジェクトを何とか軌道に戻すことができた。そこでT君は各社の代表を集め感謝の言葉をかけることにした。

 「みなさんのおかげで何とかプロジェクトを工程通りに戻すことができました。感謝します。まだ途中段階ですが、苦しい状況を乗り越えたので、まずはみんなで喜びましょう。頑張り具合は人それぞれかもしれませんが、それぞれが持てるパフォーマンスを最大限に発揮してくれた結果だと思います」と話をし、その上で、「プロジェクトの完了はもうすぐです。いっそう一致団結して取り組みましょう」と結んだのだった。

 これ以降、B社・C社の勢いは急速に失速した。理由は明白だった。自分たちの頑張りを認めてもらえなかったと感じたからである。それ以降このプロジェクトはどうなったか。結合テストで発生した不具合対策に大きく時間を費やしてしまい、結果的に納期を守ることができなかった。それどころか、これらの対策に要したコストのおかげで予算オーバーとなってしまったのだった。