議事録を一度も書いたことのない読者はいないだろう。おそらく誰もが新入社員時代に書き方を教わる文書で、誰もが書くのに苦労する文書である。一所懸命時間をかけて作成した議事録を上司や先輩に持って行ったら、真っ赤になって返ってきたという経験をした読者も少なくないはずだ。議事録とはビジネスに無くてはならない文書の一つで、それはシステム開発プロジェクトにおいても同様である。プロジェクト内で作成する数多くの文書の中で、議事録ほど数多く作成される文書はない。

初めてPMに抜擢された中堅社員Sさんの経験

 Sさんは大手通信企業の情報システム部門で働く中堅社員である。若い頃はプログラマとして働き、数年前に社内SEとなり実績を重ねてきた。そして今回、自社のシステム再構築に当たり、初めてPMとして抜擢されたのだった。

 今回のプロジェクトは開発規模が比較的大きいので、大手SIベンダーのB社と一緒に開発を行うことになっていた。B社からは、要件定義の段階から数人のSEがプロジェクトに加わっていた。そのプロジェクトでは成果物ごとの主担当を事前に決めており、会議の議事録は原則B社のSEが作成することになっていた。

 プロジェクトは実装・単体テストまで順調に進んだが、結合テストフェーズに入り問題が判明する。三つのサブシステムで使う共通モジュールの開発がすっぽり抜け落ちていたのである。早速Sさんは共通モジュール作成の件について、B社に話を持って行った。するとB社からこう返された。

B社:「その件については議事録を確認して下さい。議事録上、そのモジュールは御社にて作成し私たちに提供することになっています。今から我々が作るとなると、それなりの時間とコストが別途必要になりますがそれでよろしいですね?」

 これにはSさんも驚いた。確かに議事録を確認するとB社の言うとおりになっている。しかし納得いかない。そこでSさんはこの議事録が作成された半年前の会議の状況を、記憶を頼りに思い出してみた。

 『確かに会議の中で一旦はそういう話になったが、社内のメンバーから異論が出て議論が紛糾したはず。それで、結果として結論を持ち越し、何も決まっていなかったのではないか。いや、途中の議論ではB社で作成するというような話も出ていたな…』

 そう考えてはみたが議事録の記載とは合わない。そこでその点について考えてみると、

 『議事録が送られてきたのは、会議が終わって随分時間がたってからだった。その時はあまり深く考えずに、そうだったかなぁという感覚で確認印を押したんだ』

 これ以上考えても良案が出るわけではないと考えたSさんは、この記憶を頼りにB社と再度交渉することにした。しかしB社からの回答は同じで、「議事録に記載してあり、その議事録にはSさんの確認印まで押してある。その議事内容をひっくり返すのですか」というものだった。

 B社が作成した議事録は、議論の結論としてアクションアイテム(誰がいつまでに何をするか)だけが書いてある非常にシンプルなもので、議論が紛糾した様子などはこの議事録からうかがい知ることはできない。この議事録を盾に取られている以上、Sさんにはどうしようも無かったのだ。

 結果的にSさんは、共通モジュール分の追加費用を支払ってB社に開発してもらうことにした。これによりプロジェクトは予定通りにカットオーバーできたが、想定していた利益を下回ってしまったのである。