本講座では全3回で、IPv4からIPv6への移行技術の一つである「6rd」を取り上げます。前編では、この技術が考え出された背景と基本部分を紹介します。中編は、6rdの仕組みと動作を詳しく解説します。そして後編で、6rdを採用したネットワークの設計と運用のポイントを説明します。

はじめに

 以前からIPv4アドレス枯渇の懸念がありましたが、2011年2月にIANA管理ブロックが枯渇し、2011年4月にはアジア太平洋地域を管理するAPNICの管理ブロックが枯渇しました。これによりISPにとってIPv6インターネット接続サービス提供は待ったなしの状況となりました。IPv6はそれほど新しいプロトコルではありません。10年前からIPv6インターネットと、その接続性を提供するISPは存在していました。諸々の理由で、その普及はIPアドレス枯渇という事態を待つことになりました。以前からIPv4アドレスの枯渇は認識されていましたが、普及に時間がかかってしまったのは、やはり新しいプロトコルへの移行を一気に行うのはそれだけ難しいということになるでしょう。

 インターネットの歴史は、例えば電話網に比べれば短いですが、それでも数十年間に及びます。特にこの10年の間、インターネットは劇的に普及しました。その間に作り上げられたネットワーク、サービスは大変な広がりをもっており、それらの利用体験、運用経験の蓄積は大変価値のあるものです。IPv4からIPv6への移行はこれらすべてをシフトしていくことを意味しています。明確な移行目標を設定したうえで、移行技術や手法の吟味、しっかりとした計画の立案、そしてそれらを着実に実行していくことが必要です。

 IPv6への移行は大変重要なものですが、それだけに多様な移行技術が検討・開発されています。今回は、その移行技術のなかから「IPv6への移行を迅速に、低コストで実現可能な技術」として、6rdをご紹介します。

6rdが生まれた背景

 6rdはIPv6 rapid deploymentの略で、この言葉通りISPが迅速にIPv6サービスを提供できることを主眼として開発された技術です。この技術を紹介しているRFC5569(注1)には、6rdを初めて採用したフランスのあるISPの事例が記載されています。それによると、採用を決定してからユーザーにIPv6インターネット接続を提供するまで、2007年11月7日から12月11日までのたった5週間で完了したといいます。しかもIPv6のために別料金をユーザーへ請求せず、このISPのすべてのユーザーが利用可能なのだそうです。これは驚きでした。2007年といえば、日本では「インターネットの円滑なIPv6移行に関する調査研究会」(注2)が行われるなど、IPv4アドレス枯渇とIPv6への移行を真剣に検討していた年です。

注1:IETFが標準として定める6rdの技術仕様は、RFC5969にまとめられている。
注2:http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/policyreports/chousa/ipv6/を参照。

 当時、IPv6を本格的に提供するためには、IPv6で運用されているネットワーク、つまりIPv6ネイティブなネットワークが必要であるというのが共通認識で、みなそれを目指してネットワーク計画を策定していたはずです。IPv6パケットをIPv4ヘッダーによってカプセル化する、いわゆるトンネリングは、IPv6ネイティブネットワークを持たないISPがIPv6サービスを提供するために有効であることは知られていました。しかし、「カプセル化のため効率性が悪化する(余分なヘッダーによるMTU縮退)」「トンネリングを終端してIPv4ネットワークからIPv6ネットワークへ橋渡しするための装置のコストが増加してしまう」などが主な問題点として注目されていたため、ISPがすべてのユーザーに本格提供する技術とは認識されていませんでした。

 このときISPが頭を痛めていた課題は、IPv4だけのインターネットに加え、IPv6インターネットもサポートし始めなければならない状況において、IPv6接続サービスを迅速かつコスト効率よく開始することでした。6rdは、この課題を解いてくれる技術です。6rdは技術的に新しいものではありません。既存技術を状況に合わせて再アレンジすることで、できるかぎり簡潔にこの難問を解きたいというのが、6rdが生まれた理由です。