東日本大震災の甚大な被害を被った沿岸地域では、津波によって拠点病院すら被災し地域医療が根底から崩れさった。直後に数十万人の避難者が発生し2000カ所もの避難所では着の身着のままで避難した方々が適切な医療を受けられずにいた。そのためせっかく津波から逃れても避難所で命を落とすケースが多発した。そこで今回は、広域災害に対処できる医療に関してICTの観点から提言したい。

避難所に逃れても亡くなられる方々の多発

教訓1 巨大災害では地域医療も崩壊する。
教訓2 避難所では医師はごく限られた情報と資材で診療することしかできない。

 今回の災害では医療の面でも様々な課題が明らかになった。せっかく津波から逃れて避難所に落ち着いても、避難所や搬送先で亡くなる二次災害の方々が多い。このようなことが起こる経緯を追って見ていくと次のようになる。

  • 災害現場で大量の怪我人が発生する
  • 地震と津波で多くの病院が甚大な被害を受ける
  • 地域の拠点病院でさえも被災する
  • 被災地で生き残った病院は患者であふれる
  • 被災地では医師、看護士などが圧倒的に不足する
  • 多数の避難場所に医療関係者を派遣しなければならない
  • 派遣協定やボランティアで医師が派遣されても多数の避難所には行き渡らない
  • 避難所では医師も足りないが薬も圧倒的に足りなくなる
  • 薬の在庫が周辺の卸問屋にあっても医師の指示がなければ配布できない
  • 避難所では病院とカルテが流されて常用薬が分からなくなる方が多い
  • 避難所では病院とカルテが流されて医師の診察に支障をきたす
  • 避難所では医師が限られた情報から診察し投薬することしかできない

 これだけの広域災害で、地域ごと津波に流されてしまうような場合は地域医療が丸ごと機能しなくなるのは仕方がないのかもしれない。しかし、せめて避難した方々の命だけでも救えないものかとニュースを見て切歯扼腕した国民は多いと思う。

 しかし、この状況でもICTが貢献できることはある。

 まずは、どの病院の何科にどれだけの医師が不足しているか、どの避難所にどの医師がいるかを地図情報システム上に記録し、それにしたがって拠点病院や医師会などの医療機関が医師を派遣する仕組みとしての「災害時医師派遣支援システム」の構築だ。現在は災害発生後、自治体の災害対策本部の派遣要請を受けて、主に地域の災害拠点病院に全国の医師会から派遣される仕組みがあるが、これに避難所や災害拠点病院以外の医療機関を加えて地図上で管理するイメージだ。

 地図上に様々な情報を階層的に入力できるシステムは既に市販されているので比較的早期に実現できる。同様に不足している薬剤や機材の情報を地図情報システムに埋め込み迅速に配送する「災害時薬剤等支援システム」も構築すべきだ。これで医師と薬剤の不足にある程度対処できる。

 次に、レセプト情報として保管されている診療記録や投薬履歴を活用して「仮設カルテ」を作ることだ。主に自治体単位で存在するこのレセプト履歴を患者ごとに名寄せし、データベース化して避難所や搬送先病院で検索できるようにすれば、患者に関するかなりの情報が得られる。

 元来レセプト情報は保険医療費支払いのために存在しているのでこのような利用方法は想定していない。何らかの法的対処が必要になるだろう。しかし、避難所や搬送先で亡くなる方々には、糖尿病や高血圧といった持病を抱えている高齢者が多いので、避難者の診療記録や投薬履歴が分かれば、かなりの二次災害が防げたのは間違いない。常用薬がわかるだけでもかなりの方々が救われるのではなかろうか。この仮設カルテは避難所や搬送先病院から照会可能で、そこでの診療内容も入力できる必要がある。つまりは、仮設の共通電子カルテだ。

 最後に、避難所では限られた機器でしか診断できないため、救急車で搬送中に、患者映像、心電図、血圧、脈拍などを搬送先に送信し、搬送先病院で事前準備できたり、医師が救急車内の救命士に適切な指示を与えたりすることもより重要になってくる。これは「モバイルテレメディシン」と呼ばれるもので、既に実用化されているのでより本格的な導入が期待される。