今回はIFRSが企業に与える対外的・社内的影響それぞれにおける重要な個別論点を解説する。対外的影響の個別論点としては「財務諸表自体の変化」「説明責任の厳格化」を、社内的影響については「販売管理への影響」「固定資産管理への影響」「研究開発プロジェクト管理への影響」を取り上げる。

対外的影響(1) 財務諸表が変わる

 IFRSでは、財務諸表自体が大きく変わる。

 まず、財務諸表の名称・形式が変わる。B/S(貸借対照表)は「財政状態計算書」と、P/L(損益計算書)は「包括利益計算書」と呼ぶようになる。また、キャッシュフロー計算書を含め、3つの計算書が首尾一貫した財務諸表として表示されるよう、「事業」に関わる部分、「財務」に関わる部分といった表示の区分が統一されたものとなる(図1)。

図1●基本財務諸表の様式が一体性を持つものとなる
図1●基本財務諸表の様式が一体性を持つものとなる

 財務諸表の名称や形式だけではなく、「利益」の捉え方も変わる。まず「資産・負債アプローチ」という考え方になじんでほしい。従来の考え方は「収益・費用アプローチ」と呼ばれるもので、1期間における売り上げから費用を引いたものを「利益」と定義するやり方であった。

 これに対して、IFRSの資産・負債アプローチでは、1期間における純資産の増減分を「利益」と捉える。純資産とは、資産から負債を引いた残りの部分である。

 このように考え方が変わるのは、財務諸表の利用者(株主や証券アナリストなど)が、過去の利益だけではなく、将来のキャッシュフローを折り込んだ情報を欲するようになってきたためだ。過去1期間の売り上げから費用を引いて捉える利益は、あくまで過去の情報に過ぎない。これに対して、資産の時価評価額は、将来のキャッシュフローの大きさを織り込んでいる。つまり、今期と前期の純資産の変動額は、その企業の将来性を反映した数字となる(図2)。

図2●「利益」概念の変化(資産・負債アプローチ重視)
図2●「利益」概念の変化(資産・負債アプローチ重視)

 この資産・負債アプローチの考え方に基づく利益項目が包括利益計算書における「包括利益」である。包括利益とは、1会計期間の「成果としての利益」である当期純利益に、期末の資産・負債の評価差損益を加えたものをいう。IFRSではこの包括利益が、最終的な「利益」を表すものとして重視されることになる(図3)。

図3●包括利益と資産・負債アプローチは整合性を持つ
図3●包括利益と資産・負債アプローチは整合性を持つ

 一方で、IFRSでは従来の「特別利益・損失」という考え方が無くなる。たとえ災害などにより損失が発生したとしても、企業が直面する事業リスクの範囲内で生じたものと考え、すべて「営業利益・損失」に含める。

 このようにIFRS環境下では、これまでと同じ経営をしていても財務諸表の数値自体が変わってくる。例えば有価証券など金融資産を大量に保有する企業であれば、金融市場の動向によっては、資産と負債の評価差損益が大きく変動することとなり、包括利益を大きく左右すると予想される。

 あるいは海外資産が多い企業は、為替レートが大きく変化しただけでも、資産額が大きく変動する。その結果、資産と負債の評価差損益や、包括利益が大きく変動するだろう。

 また、店舗や工場などを保有する企業においても、操業状態や市場環境が悪化するなどして将来のキャッシュフロー獲得能力が著しく低下した場合は、資産の評価額を大きく減額しなければならない。こうした処理によって、資産と負債の評価差損益に大きな変動が生じ、包括利益を悪化させることが考えられる。

 このように、財務諸表利用者は、財政状態やリスクの判断材料として包括利益を使用し、企業の業績を判断する指標としては営業利益や当期純利益を使用するといった指標の使い分けをするようになるのだ。

対外的影響(2) 説明責任がより厳格に

 IFRSは、米国基準や日本基準のような詳細かつ具体的な規定を設ける細則主義(ルールベース)ではなく、大まかな原理原則のみを決め細かい規則や数値基準は示さない、という原則主義(プリンシプル・ベース)の思想を持つ。

 詳しくは後述するが、例えば減価償却について、この資産は何年で償却すべきか、償却額をどんな方式で算定するべきかといった具体的な基準が定められていない。またリース基準に関しても、いくら以上の資産であれば処理方法はこうすべきだといった基準は設けられていない。IFRS環境下では、自社の経営実態に応じて、企業自らが自社の会計処理方針を定めていかなくてはならないのである。

 その結果、企業が説明責任(アカウンタビリティー)を果たすための負担は、これまでよりもずっと増すことになる。経営者がなぜその会計処理を選んだのかを、ステークホルダー(利害関係者)に対して、詳細に説明する必要が出てくるのだ。実際、同業種において、原則主義での決算報告書の注記は、規則主義の決算報告書の注記よりも大幅に多くなる傾向にある。