PM(プロジェクトマネジャー)の大事な仕事の一つに、協力企業の「査定」がある。この査定には通常2種類ある。一つは、協力企業から提出された見積もりの妥当性を調査・検証すること。もう一つは、協力企業の行った仕事・成果を検証し、支払った金額に見合うものであったかどうかを判断することである。
後者の査定は結果が全てを物語っているので比較的容易だが、前者の査定はこれから始まるプロジェクトに対するものなので、判断は難しくおろそかにしてしまいがちである。特に長年一緒にやってきた協力企業の見積もりとなると、そうした傾向は強くなる。
十分な信頼関係が醸成された協力企業の見積もりの場合、相手を信頼するが故に、その根拠について根掘り葉掘り問いただすことは少ないかもしれない。しかし、こうして査定をおろそかにしてしまったばかりに、痛い目に遭ったPMがいるのもまた事実である。
中堅社員Tさんの失敗
Tさんは30代も半ばを過ぎた中堅社員である。これまで幾つかのプロジェクトをメンバーとして経験し、今回初めて中規模システム開発のPMを任されることになった。Tさんはこれまで協力企業A社と一緒に仕事をすることが多く、A社の担当者とは気心の知れた仲だった。今回自分がPMを任されることになり、A社に仕事をお願いしようと考えた。全く知らない協力企業に依頼するよりは、自分の長所も短所も分かってくれる担当者のいるA社に依頼した方がプロジェクト運営はうまくいくと考えてのことだった。
このプロジェクトは、要件定義フェーズまではTさんの会社で行い、それ以降は協力企業に依頼し、設計フェーズは業務委託で、開発フェーズ以降は一括請負で発注することに決まった。そこでTさんは、A社を設計フェーズから業務委託契約でプロジェクトに参画させることにした。プロジェクトは順調に進み、設計フェーズの成果物として基本設計書が完成。この基本設計書を基に一括請負契約で発注することになる。
A社から提出された開発フェーズ以降の見積もり金額は、Tさんが想定していた予算より10%ほど高い金額だった。TさんはA社のなじみの技術者に「何とか下がらないかな?」と相談してみたが、答えは「これ以上は厳しいですね。営業からもギリギリと言われています」という回答だった。なじみの技術者にそう言われてしまっては仕方がない。やむなくTさんはその金額で発注しようと、社内決裁を取ることにした。
ここで、社内の調達部門からストップが掛かった。調達部門の担当者は、「A社の見積もりは予算よりも高い。A社が見積もり額を下げないのなら競争入札にすべきだ」と指摘した。調達部門とこじれたくないTさんはしぶしぶ競争入札することにした。だが、「A社が『これ以上は下げられない』と言っているのだから、どの会社も同じような見積もり額になるだろう。設計フェーズを担当したのはA社なので、間違いなくA社が落札するはずだ」と考えていた。
ところが、競争入札された結果を見てTさんは驚いた。各社の入札金額は、Tさんが想定した予算より15%も低い金額だった。しかも、A社の入札金額もほぼ同額だったのだ。
実は、Tさんのよく知るA社の営業担当者は人事異動で別の部署に移り、今回のプロジェクトの見積もりはTさんと面識のない人が担当していた。その営業担当者は通常の見積もりと同様に、技術担当者の概算見積もりに対してリスク分を上乗せし、高めの見積もりを提出していた。この営業担当者としては、価格折衝する中で少しずつ値下げしていけばよいだろうと考えていたのだ。そこに来て今回の入札である。営業担当者は自社の利益を確保できるギリギリの線で入札金額を決めた。
Tさんは窮地に追い込まれる。調達部門からだけでなく、上司からも「いったいどういう査定を行っているのだ!」と叱られてしまった。その後Tさんは失った信用を回復するのに多くの時間を費やすことになる。