クラウドコンピューティングの大きな価値の1つに「導入スピード」がある。とりわけSaaS(Software as a Service)型のクラウドサービスを利用すれば、新規のシステム構築と比べ数分の一の期間でシステムを導入できる。しかし、思わぬところでつまずき、当初の目的を達成できなくなることもある。事例を基に、短期導入を目的としたクラウド化に失敗する原因を考えてみたい。

クニエ ITマネジメントサポートグループ
山本 真、櫻井 敬昭

 本連載の「さまよえるコスト削減(1)信用失墜でクラウド化が頓挫」、「さまよえるコスト削減(2)失敗招いた痛恨のミス」では、コスト削減を目的としたクラウド化の事例を基に、「企画段階の不備」が原因でクラウド化に失敗した理由とその対応策について解説した。だが、この企画段階をうまく乗り越えたとしても、クラウド化を実施する段階には別のリスクが待ち構えている。

 まず注意が必要なのは移行フェーズだろう。この移行フェーズを軽視すると、せっかく導入したクラウドも全く使いものにならない代物になってしまいかねない(図1)。

図1●クラウドの導入・活用では、フェーズごとに様々な落とし穴がある。今回は移行フェーズでの落とし穴を取り上げる
図1●クラウドの導入・活用では、フェーズごとに様々な落とし穴がある。今回は移行フェーズでの落とし穴を取り上げる
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 今回の「スピード導入の罠(1)」では、導入期間の短縮を目的としてクラウド化に踏み切った製造業B社の失敗事例を取り上げる。同社は移行フェーズにおける事前検討を誤ったがために、せっかく導入したクラウドが使いものにならなくなってしまった。

 B社がどうしてこのような状態に陥ってしまったのか、それをどのように回避すべきだったかについて、皆さんも考えながら読んでみてほしい。

システム統合の手段としてクラウド導入を企画

 アジアおよび欧州を中心としてグローバルに事業展開する製造業B社は、一般消費財というカテゴリーで多くの商品群を抱えており、いくつかの領域に分かれて事業を営んでいる。これまで事業拡大の手段として企業買収を繰り返したことから、規模は比較的小さいながらも製品と事業領域ごとに多くの子会社を保有していた。また、製品カテゴリーごとに販社が異なることから、どうしても単一カテゴリーでの商談になってしまい、自社グループの様々な商材を組み合わせた提案ができていなかった。

 こうした背景からB社の経営層は、これまで買収してきた企業の総合力を生かしてさらなる発展を目指すべく、1年後にすべての販社を数社に統合する方針を打ち出した。B社販売部門と販売子会社の幹部による新会社設立準備室も設立した。