「群馬県の事業所にあるサーバーを福井県の事業所へ移管できないか、社内で議論を始めた」。信越化学工業で情報システムを統括する、大倉良一 社長室担当部長はこう語る。「すべての情報システムを東京電力管内で動かすのはリスクがある」(同)と感じているからだ。

 東日本大震災の発生から1カ月が過ぎ、企業の現場は徐々に日常を取り戻しつつある。しかし情報システム担当者にとっては気の抜けない日々が続く。「夏をどう乗り切ればいいのか」が全く見えてこないからだ。東電は停止中の火力発電所を復旧させ、供給能力の積み上げに全力を注いでいるが、このままでは今夏、大幅な電力不足に陥る可能性が高い。一部のユーザー企業は、手探りで電力不足対策に乗り出している。

 信越化学は現在、都内のデータセンター(DC)でハウジングサービスを利用して基幹システムを運用している。群馬事業所には情報システム子会社が運営するサーバーが複数台あり、基幹システムのデータをバックアップする機能を担う。

 このサーバー群が、3月の計画停電では厳しい運営を強いられた。「自家発電装置の燃料となる軽油が、(追加で)一時は全く手に入らなかった」(大倉担当部長)からだ。停電が夏に頻発するようになると、燃料リスクはさらに深刻になりかねない。「何かが起きてからあわてても間に合わない」と大倉担当部長は話す。

 別の問題も発覚した。空調機器には自家発電装置が接続されていなかったのだ。そこで信越化学は、空調用に新たな自家発電装置を増設。大規模な自家発電装置をもう1系統、バックアップ用に導入することも検討している。

 ただし、これらは現時点での対症療法にすぎない。電力不足が深刻化すれば、総量規制などさらに厳しい電力制限が課される恐れもある。西日本に拠点を設ければ、リスクの一部をヘッジできるのではないか。こうした考えが、信越化学の背中を押しつつある。

DCに燃料が回らない可能性も

 懸念を持つ企業はほかにもある。JSRは茨城県にある大手ITベンダーのDCで基幹システムを運用しているが、西日本のDCにデータをミラーリングする検討を始めた。「福島第一原子力発電所の事故がどのように収束するかが予測できない。茨城のDCが全く使えなくなる事態も想定して計画を練る必要がある」と小島昌尚 情報システム部長は語る。

 ある大手素材メーカーは、首都圏の各拠点に点在しているサーバーを、近畿地区の自社DCに集約する計画を進めている。「拠点によって計画停電の時間がバラバラなので、全社の生産性に大きな影響が出ている」(情報システム部長)。サーバーの停止と再起動を繰り返すと、システムに不具合が生じる懸念もある。計画停電の恐れがない地域でシステムを運用すれば、そうしたリスクを軽減できる。

 これらはリスクのごく一部である(図1)。このほか緊急時の燃料供給体制についても、問題になりそうだ。有事の場合は、病院など公共性の高い施設に燃料が優先的に回り、一般企業向けのDCは後回しとなる可能性がある。

図1●電力不足に向けて、システム担当者が確認すべき五つのポイント
図1●電力不足に向けて、システム担当者が確認すべき五つのポイント
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 ガートナージャパンの石橋正彦リサーチディレクターは次のように指摘する。「ユーザー企業はDC事業者の燃料備蓄体制をチェックし切れない。『優先的に燃料が供給されるので大丈夫』といったDC事業者の言い分を鵜呑みにするのは危険だ」。