意思決定を下す際に、ある特定の部門や人の利害だけを考えた「部分最適」を重視しがちです。しかし、企業全体の利害といった「全体最適」で思考できてこそ真のリーダーといえます。田中淳子氏と芦屋広太氏によるヒューマンスキル往復書簡の第3回で、芦屋氏が全体最適を志向した意思決定について見ていきます。(編集部)

淳子さんへ

 企業を超えて人を育てようとした顧客企業の担当者の話には共感しました(第2回:企業を超えて人を育てる)。少し大げさな言い方かもしれませんが、久々に自分の志を刺激されました。

 周りの人に感想を聞いてみたところ、「良い話だ」という声が多かったです。昨今では人の心に余裕がなくなり、自分のことだけで精一杯で、自分を棚にあげて他人を責めるような人が多いと聞きます。こういう気概をもった人がいるというのは、非常に喜ばしいことではないかと思います。

 ユーザー企業の人間がベンダーの若手を育てるというケースの逆もありそうですね。ユーザー企業から指導を受けて育ったベンダーの若手が、お返しにユーザー企業の若手を育てることもあると思います。このように企業を超えて人を育てることが、日本を発展させていくのではないでしょうか。

若手SEの交代を申し出なかった理由

 この担当者はいわゆる気概がある人、志の高い人だと思います。社会のため、IT業界のために「企業を超えて人を育てる」のは、そういう人でないとできないでしょう。

 さらに強く感じたのは、この担当者が全体最適を追求する思考力を持っていたことです。人が何らかの意思決定を下す際に、ある特定の部門や人の利害を考えて判断する「部分最適」を重視することもあれば、企業全体、国全体あるいは世界全体といった大きな視点での利害を考えて判断する「全体最適」を重視することもあります。

 仕事上の意思決定は基本的に、部分最適、全体最適の両方の視点からなされるべきですが、下手をすると目先の利害だけを考える部分最適に偏りがちになります。

 担当者には選択肢がいくつかあったと思います。若手の育成役を務めたエンジニアのAさんとだけ仕事をしたいと申し出ることもできたでしょうし、年次の高い人への交代を要望することもできたはすです。

 非常に後ろ向きの行動ですが、「若手とかかわるのは面倒だ」と考えて、ひたすらAさんや勤務先のベンダーを責めるという選択肢だってあります。実際、こんな行動をとるユーザー企業もあると聞きます。

 でもこの担当者はそうしなかった。目先の利害を追求する部分最適の思考で、「ダメなら人を変えればよい」という場当たり的な態度を採っても、会社は良くなっていかない。つまり、全体最適につながらない。きっとこう考えたのでしょう。

 むしろベンダーの若手を育てることが、自社のメリットになる。自社の利益のために、ベンダーの若手を育てよう。これは全体最適の意思決定プロセスです。この担当者はしっかりした思考力を持っていると感じました。

 リーダーシップを発揮するのは、全体最適で思考できる人である。いままで多くの部下や後輩、社外の人と一緒に仕事をしてきた経験から、私はこう考えるようになりました。自分の利益よりも他人の利益、自分よりも組織、今よりも将来---。こういう全体最適の考え方ができる人がどんどん成長することを体感してきたのです。