チェーン規模が大きい日本マクドナルドは単独でライフログに取り組んでいるが、そのほかでは交通機関や携帯電話会社が主体となる例が多い。生活者の移動や購買行動を押さえているからだ()。

表●主なライフログの取り組み
表●主なライフログの取り組み

 福岡県を地盤とする鉄道・バス大手、西日本鉄道は2008年5月から、ICカード乗車券・電子マネー「nimoca(ニモカ)」のサービスを始めた。約30万枚(2009年5月末時点)を発行している。

 国内の大手交通機関では唯一、当初から「ライフログ」のマーケティング活用を想定してシステムを設計したのが特徴だ。行動履歴を蓄積するために、日本テラデータのデータ・ウエアハウスを導入した。

 一般的なICカード乗車券と違い、ニモカでは原則としてカード発行時に住所や性別などを記入してもらう。マーケティング目的の利用について、個人情報保護法上のパーミッション(同意)も取得する。

 西鉄ICカード事業部の杉本将隆係長は「鉄道・バス会社や周辺店舗はこれまでマスマーケティングしかできず、顧客の行動を個別に検証する材料が無かったが、これで変わる」と説明する。業態は違うものの、狙う方向性は日本マクドナルドと同じだ。

 ただし西鉄は自前の店舗網が少ないため、テナント・加盟店との協業を重視している。ニモカのデータ・ウエアハウスは鉄道・バスの利用履歴のほか、西鉄沿線に約1000店舗あるニモカ電子マネー加盟店での利用履歴を同列で蓄積でき、これらの相関を分析する機能を備える。

 これを使うと、例えば西鉄大橋駅(福岡市)でのニモカ利用者数は約3万2000人で、うち高架下の「大橋西鉄名店街」で買い物した人が約1万3000人、そのほとんどが女性だということが分かる。

 一方、名店街の利用がない残りの約1万9000人では男性の比率が高い。裏を返せば、名店街を利用しない男性層は有望な潜在顧客とも考えられる。この層に的を絞って、名店街の奥まった場所にある店の宣伝DM(ダイレクトメール)を送ることを検討している。

 従来と違う行動スタイルを提案するうえでもニモカを活用している。例えば「パーク&ライド」の促進だ。加盟店である駐車場大手のパーク24と協業。西鉄春日原駅(福岡県春日市)前の駐車場利用を提案するDMを2009年5月下旬に送付した。

 同駅の利用履歴があるニモカ利用者のうち、一定の年齢層の約3000人を抽出したところ、6月上旬までに十数人が新規利用した。今後さらに分析し、駐車場を利用してもらいやすい顧客像を特定する考えだ。

GPS利用し、南口から北口への移動促す

図1●東京急行電鉄は自由が丘駅周辺で「南口」にいる人に「北口」の情報を配信し、購買につなげた
図1●東京急行電鉄は自由が丘駅周辺で「南口」にいる人に「北口」の情報を配信し、購買につなげた
[画像のクリックで拡大表示]

 東京急行電鉄とNTTドコモは、西鉄よりさらに踏み込んだ「耳よりタウンタッチ」という実証実験を行った。経済産業省が2007年度から取り組む「情報大航海プロジェクト」の一環だ。

 ICカード「PASMO(パスモ)」による鉄道乗降情報や電子マネーによる決済情報に加え、携帯電話のGPS(全地球測位システム)による位置情報を含むライフログを構築。リアルタイムで携帯電話に情報配信したうえで、これに伴う顧客動向を検証した。

 実証実験は、東急自由が丘駅(東京・目黒)と、その周りに広がる自由が丘商店街で2008年12月から2カ月間実施した(図1)。駅改札を出た瞬間に商店街の店舗情報を約400人に配信したところ、5%弱が購買に至った。

 意外に効果が大きかったのが、GPSの位置情報を基に駅の南口エリアにいる人に、「北口エリアで焼きたてのパンがありますよ」といった情報を配信したケース。4%弱が購買に至った。「来街者に直接働きかけることで、当初の目的とは違うエリアへと足を運んでもらえる効果があった」と東急グループ事業本部第四部PASMO推進担当の宮本有紀彦課長は話す。

プライバシーへの配慮は手探り

 このようにライフログは、理論的には無限の可能性を秘めているが、現実には様々な課題がある(図2)。

図2●ライフログを活用したマーケティングの課題
図2●ライフログを活用したマーケティングの課題

 まず、利用率を高めるのが難しい。ICカードや携帯電話などを常時持ち歩く顧客に対して、利用登録してもらうなどの手間が必要だ。マクドナルドは九州地区では20店舗の店頭に1カ月間、専門の説明員を置いてアプリのダウンロードを手伝うなどした。同社は他地域でも今後大規模な利用促進活動を予定している。

 細かな行動履歴を蓄積するだけに、プライバシーへの配慮も大きな課題だ。マクドナルドは、あえて氏名など詳細な個人情報を取得していない。

 この分野に詳しい日本情報処理開発協会(JIPDEC)データベース振興センターの坂下哲也・副センター長は「現行の個人情報保護法では氏名や住所などは個人情報として規制を受けるが、ライフログで取得する行動履歴については明確な規定がない。一定のガイドラインは必要だが、厳しく規制すれば新サービスが生まれにくくなる」と指摘する。

 マクドナルドや西鉄などは端末設置やデータ・ウエアハウス構築に多大な投資をしている。これに見合った投資対効果を生み出せるかどうかも課題となる。「行動履歴は全く新しいデータだけに、今は明確な効果を出すより、試行錯誤を重ねている段階だ」(西鉄の杉本係長)

 行動履歴にまで踏み込んで、個々の顧客に合った提案ができれば、企業側のメリットが大きい半面、消費者側は監視されているという気持ち悪さを抱くかもしれない。「企業が提案をする際のさりげなさ、違和感のなさも重要になる」と東急の実証実験にかかわったNTTドコモの佐藤一夫モバイルデザイン推進室第一推進担当部長は話す。

 このように、ライフログを活用するための環境はまだ成熟していないが、今後、大手小売りやサービス業、交通機関、携帯電話会社などを核に様々な取り組みが広がりそうだ。