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第1回 地震と津波規模の想定はなぜ小さすぎたか東日本大震災により被災された皆様には心よりお見舞い申し上げたい。今回の大きな災害はまだ被害の全貌が明らかになっていない。復旧復興の途上でさらに難局が発生することも予想される。しかし、新たな災害が忘れる間もなくやって来ることも考えなければならない。 そこで今回の災害をどのように今後の企業活動に生かすべきかをテーマに、リスクマネジメント(危機管理)について解説していきたい。具体的には、被害の想定、リスク評価、サプライチェーンのリスク管理、訓練の在り方などを、阪神淡路大震災などの過去の記録も振り返りつつ、論じていく。 事前の想定ではM7.5〜8.6、津波の退避先はビル3階だったが東日本大震災は日本が遭遇した過去最大の地震である。まず東日本大震災のスペックがいかに想定外のものであったか、振り返りたい(表)。マグニチュードは9.0と日本の観測史上最大であり、世界的にみても観測史上4番目の規模である。 表●東日本大震災の概要(政府緊急災害対策本部の発表資料などにより作成、2011年3月27日時点で判明しているもの)
断層が活動した震源地(震源域)は三陸沖から茨城県沖まで南北約500km、東西約200kmに及んだ。地面の最大の移動幅は海底のため推定ではあるが15mを超えるといい、陸上でも宮城県などでは観測点が5m以上も東に移動した。 従来、宮城県沖地震は繰り返し発生することが指摘されてきた。「2010年1月1日基点で10年以内の発生確率が70%」と文部科学省系機関である地震調査研究推進本部は評価していた。 ただし、想定されていたマグニチュードは7.5、沖合の震源域と連動しても8.6だった。宮城県沖、宮城県沖東部、福島県沖、茨城県沖の4つもの震源域が連動し得ることはどの専門家も指摘していなかった。 津波についても想定外だった。三陸沖はリアス式海岸であり、その地形から湾の奥まったところで津波が高くなることは指摘されていた。1896年(明治29年)の明治三陸地震や1933年昭和三陸地震、1960年のチリ地震などでも津波の被害を受けた。 そのため三陸の各地で観測された過去最大の津波を想定して10m規模の堤防や防波堤が建設されていた。とりわけ岩手県釜石市の湾口防波堤は海の底から60mも積み上げた立派な防波堤だった。 また、政府は海岸部で高台に避難できない場合はビルの3階以上に待避するよう指導してきた。しかし、観測機器の破壊により未だ正確な数値は調査中だが、津波の高さは15m程度(4〜5階建てビルに相当)であったと見られている。 津波は、平野部でも海岸から5km程度まで押し寄せ、自治体が作成したハザードマップの津波浸水地域をはるかに越えた浸水を引き起こした。
>>地震規模は科学計算だけでは予測しきれない
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