第8回では「災害対策」を主題として、データ保護の重要性を説き、実際の手法について技術論を中心に解説した。今回は抜本的なところから企業の災害対策を論じる。

 有事にどのように事業を継続するかという考え方を「事業継続(BC: Business Continuity)」と呼ぶ。事業継続で最も大きな概念は「BCM(事業継続管理: Business Continuity Management)」である。有事において、何を残して何を諦めるのか、事前にどんな投資をするのかを決定する戦略と言ってよい。

 BCMの主要な成果物は、事業の復旧と継続に関する手続きを示した「BCP(Business Continuity Plan=事業継続計画)」である。BCPを作成しておくことで、より早い復旧とより高い操業度を実現できる。その効果について、内閣府が発行している「事業継続ガイドライン第一版」に復旧曲線が紹介されているので簡略化して紹介しておく(図)

図●「事業継続」の効果(復旧曲線)
図●「事業継続」の効果(復旧曲線)
出典:内閣府発行の「事業継続ガイドライン第一版」を基に伊藤忠テクノソリューションズ作成

 例えば、オフィスや社員の住宅が計画停電の区域内にある場合、停電時にどのような連絡方法が可能なのかを確認して周知しておくだけでも十分な意味がある。従来の家庭用黒電話や公衆電話などは停電時でも使えるが、IP電話はそれ自体が電気を必要とするので使用不可といったことは事前に周知したほうがよい。

 災害時には携帯電話はキャリアによる接続制限が強制的にかけられるので、すぐにつながる可能性は低い。メールの遅延も顕著となりリアルタイムの連絡方法としては心許ない。一般的なWi-Fiも、アクセスルーターが停止するので接続はできなくなる。望み薄でも携帯電話とメールでの連絡を試み続け、一定時間以内に連絡がつかない場合には、事前に決めた集合場所に移動を始めるなどの二次的措置も考えなければならないだろう。

 もちろん今回の大震災のような大きな災害を想定して、業務移管などさらなる対策も決めておく必要がある。ただしBCPは約束事にすぎない。それが実行可能かどうかの検証が必要になる。作成後はPDCA(計画・実行・検証・見直し)サイクルによって、より現実的なものに修正していくことが不可欠だ。

 ベンダーのデータセンターを利用して災害対策拠点(情報システムなどの代替拠点)を用意している顧客企業の中には、年に1度センターに集合して、システム拠点の切り替えをシミュレーション(模擬訓練)しているところもある。

「インフラ」「供給連鎖」も問題だが「物理的な距離」「人」が重要課題

 このように、BCPとPDCAによって事業継続の確度は高まるが、実現・実行を阻む要因は数多く存在する。主に(1)インフラ、(2)供給連鎖、(3)物理的な距離(移動手段)、(4)人の4点が考えられる。以下、順に解説する。

(1)インフラの問題

 ここでいうインフラは、IT基盤にとどまらず、電気・水道・ガスなどライフラインに直接関わるインフラである。もちろん通信や交通も含む。こうしたインフラに障害が生じたときは、事業拠点などに人が長時間滞在したり、設備を稼働させたりすることは基本的に不可能と見なさざるを得ない。

 ただしデータセンターなどの情報システムに限って言えば、装備次第で多少は対応できる。実際、当社が所有する5つのデータセンターのうち1つは今回の計画停電の対象区域となっているが、石油の供給が続く限り継続的に稼働する見込みである。

(2)供給連鎖の問題

 分業化を進め、部材などの調達・供給連鎖を拡張することは、一般的にはコア事業への集中度を高め企業競争力を高める。だがこれは連鎖を切れやすくし、BCPを複雑にするという両刃の剣であることが、今回の大震災で改めて浮き彫りとなった。こうなると自社だけでBCPを作成しても意味を成さない場合が多い。

 しかも製造業では、この供給連鎖が国外まで連なっていることが珍しくない。例えば、半導体や電子部品を日本に頼っている海外のIT機器ベンダーはかなり多い。今回の東日本大震災の影響を受けて、米アップルのiPad2は供給懸念がささやかれている(関連記事:「iPad 2」、震災の影響で部品不足の懸念 )。

 国内の関西地域においても、モーターの消耗部品を生産する福島県のメーカー工場が停止したことを受け、JR西日本や近畿日本鉄道が運行削減を検討せざるを得なくなっている(JR西日本の発表資料近畿日本鉄道の発表資料)。