世界中の政府や大企業を敵に回し、ネット空間を舞台にした情報戦争を仕掛ける「ウィキリークス」。ジュリアン・アサンジ氏率いるこの非政府組織が、前代未聞の内部告発サイトを展開する狙いは何か。誰がどのように情報を漏らしているのか。なぜ、潰されないのか。気鋭の国際政治アナリストが空前の情報戦争を読み解く。

菅原 出/国際政治アナリスト

NBO 日経ビジネスオンラインの連載コラム「シークレットファイル」の馴染みの菅原出さんの著書『ウィキリークスの衝撃』がアマゾンほか一部書店で先行発売されました。2011年2月に入り、ウィキリークスに関する本が日本でも立て続けに出版されました。英国やドイツなど海外の書籍の翻訳本などもありますが、これらの本と今回の菅原さんの本はかなり違うものになりましたね。

菅原 出氏

菅原 ええ。どの本も「ウィキリークスというのは一体何なのだ?」ということを解説した、という点は共通しているのですが、それぞれ著者のバックグランドに応じて、メディア論やジャーナリズム論という観点から解説されたものだったり、ウィキリークスを作ったジュリアン・アサンジという人物に焦点を当てた人物論的な評伝だったりと、それぞれ「切り口」が違います。

 私は国際政治の分析を生業としていますから、こういったいろんな要素を含んではおりますが、やはり国際政治、国際関係論の文脈からこのウィキリークス現象の背景に迫りました。

イラク・アフガン戦争への知識がないと理解できない

NBO 今回の著書を読むと、ウィキリークス問題の本質というかインパクトの大きさは、これまでの米国のイラク戦争やアフガン戦争についての知識がないとちゃんと実像が掴めないことが分かります。

菅原 インテリジェンス・コミュニティーの用語の1つに「ブローバック」という言葉があります。相手に仕掛けたある秘密工作が、めぐりめぐって自分たちに跳ね返ってくるブーメラン効果のことを指した言葉です。

 例えば、1980年代にアフガニスタンに侵攻していたソ連を追い出すために、アフガニスタンの軍閥や世界中の過激なイスラム教徒の若者たちに武器を渡してアフガニスタンに送り込んだ秘密工作がありましたが、それが結果としてアルカイダのような国際テロ組織を作り上げ、後にそのテロに米国自身が悩まされるようになったというのは、典型的な「ブローバック」の例です。

 それと非常に似たような構図が、ウィキリークスが登場した背景というか、少なくともウィキリークスがこれほどの力を持ちえた背景に存在します。

 そもそも、インターネットというネットワーク自体、もともとは米軍が開発した軍事用ネットワークですから、このネットの利点を最大限に生かしたウィキリークスに米国が苦しめられているというのは皮肉でしかありません。

 でも、それだけでなく、2001年9月11日の米同時多発テロという事件を抜きに、このウィキリークス問題を語ることはできません。911テロという大惨事を経験した米国の、特にインテリジェンス・コミュニティーは、2度とこのようなテロを起こさせないために、テロや安全保障に関わる情報を各情報機関同士で共有しようという動きを加速させました。

何十万点もの米国の機密情報を入手することができたのか不思議と思わないか?

菅原 米国には「情報機関」と言われる組織が16もありますが、日々の情報がお互いに共有されているかというと、その辺は日本の官庁と同じで、そんなことはなかったのです。米連邦捜査局(FBI)にある断片情報と米中央情報局(CIA)が持っていた断片情報を繋ぎ合わせれば、テロを事前に予測することが可能だったかもしれなかったのですが、当時はそんな仕組みはありませんでした。

 それで911後に、その教訓として情報機関同士の情報共有を進めようという大きなトレンドができました。ウィキリークスがなんで何十万点もの米国の機密情報を入手することができたのか、不思議に思った人が多いと思いますが、それはわざわざ米政府が911後に省庁横断的な機密情報を共有するための膨大なネットワークをつくったからでした。