プロジェクトに深刻な遅れが出たときに、リーダーであるあなたならどんなマネジメントをするだろうか。

 その日その日を何とか乗り越えているメンバーに対して、さらなる叱咤激励を加えてプロジェクトを牽引するか。それとも遅延の原因が何かを冷静に分析し、解決への糸口を模索するか。はたまた体制を立て直すためにメンバーをさらに追加するか―。いずれの対策も、うまくいく保証はない。むしろうまくいかない方が多いかもしれない。プロジェクトの進捗遅れを取り戻すのはそれだけ難しいということだ。

 ところが、リーダーの中に「進捗遅れは必ず取り戻せる」という何ら根拠のない自信を持つ人がいる。これは、プロジェクトを預かるリーダーとして、とても危険な発想だ。今回は、そんな発想を戒めるルール「遅れを取り戻せるのは幻想」を紹介しよう。

ベテランの言葉をうのみ 遅れの解消ゆだねる

 このルールの本質は、進捗遅れを取り戻すことは不可能という意味ではない。進捗遅れは必ず取り戻せるという幻想を、リーダーが持つ危険性を指摘したものだ。進捗遅れを必ず取り戻せるというのは幻想にすぎない。これを忘れると、足元のプロジェクトの管理をおざなりにして、プロジェクトがさらに悪い方向に進む事態を招きかねない。

 過去の失敗例を挙げよう。あるプロジェクトでリーダーを務めたときのことだ。筆者はそのプロジェクトで、あるあこがれの先輩のスタイルを実践していた。カリスマ的な雰囲気をかもし出すその先輩は、メンバーにかなりの裁量を持たせながら仕事を進めるタイプ。メンバーも、その先輩に迷惑をかけまいと、必死になって動く。その結果、プロジェクトはいつもうまく回り、進捗遅れもほとんど発生しなかった。

 そこで筆者は、メンバーに対してかなりの裁量を与えた。にもかかわらず、順調だったプロジェクトは、あるときテスト工程で遅れが出た。そこで担当者のAさんから事情を聞くことにした。

 「週末を使って何とかやってみせます」。そう答えたAさんは、プロジェクト発足当初から携わっている“プロジェクトの主”と呼べる存在である。時間や余剰リソースはほとんどない。妙策のない筆者は、自信を見せるAさんを信用し、進捗遅れの解消をゆだねることにした。「あなたを信じます。必ずリカバリーしてください」。どのように実現するのかを追及することもなく、筆者はあっさりと告げた。

 当時若かった筆者は、正直、対策の中身を聞いても内容を理解できないと感じていた。そこで、あこがれの先輩流の“任せる”というマネジメント手法によって事態を打開し、急場をしのごうとした。Aさんらメンバーは、何度も頭を下げながら「絶対にやり遂げます」と実に心強い言葉を残し、その場を立ち去った。

 週明けの進捗報告を楽しみに待った。ところが、週が明けてみても、遅延は全く解消されていなかった。それどころか、新たな問題が発見されたという報告だった。愕然とした筆者は、「いったいどうするつもりですか」と問い詰めた。するとAさんは「この週末は新たに発見された問題の対応に追われていました。しかし、それを頑張って取り除いたので、あと1週間あれば必ず遅れを挽回できます」と答えた。何の根拠も示さぬままに…。

信じた結果は“破綻” リーダー失格の烙印

 さすがにこれ以上信用するのは危険だと感じたものの、“任せる”マネジメント手法を取り続けていたために、状況を詳細に把握できず打ち手がなかった。進捗遅れは取り戻せるだろうという幻想の下、「分かりました。今度こそ大丈夫ですね」と、返してしまった。

 結果は、皆さんのご想像の通りである。1週間たっても進捗遅れは全く解消されなかった。その後、上司を交えて場当たり的な対策を講じたが、かなりのバグを抱えて次のフェーズに移り、プロジェクトはさらに遅延する事態となった。ユーザーから激しく叱責され、“リーダー失格”の烙印を押された。

 すべての原因は、リーダーである筆者が「何とかなるだろう」という楽観的思考に流されたからである。たとえ遅れを取り戻せるという確信があったとしても、「間に合わないかもしれない」という悲観的思考を持つことを忘れてはいけなかった。Aさんの言葉をうのみにせずに、対策に当たることがリーダーの務めだった。

大森 久永(おおもり ひさなが)
1998年に日立製作所入社。以来、銀行システムのSEとして従事。2003年から2年間、旧UFJ銀行に出向。2005年に三菱東京UFJ銀行のDay1統合プロジェクトに参加。インターネットバンキングの構築プロジェクトで、PMとして約600人のメンバーを率いた。