「大量のテキスト情報を収集し、個々の記述を読める」だけでは大きな進歩は無い。その全体像や動向を、効率的に理解できるテキストマイニングの運用体制を企業は備える必要がある。第1回は「VOC(Voice of Customer=顧客の声)への対応」をテーマに、クレームを改善活動に生かす取り組みを紹介する。

 本連載は、大量のテキスト情報から企業が「気づき」を発見し課題解決するために、どの様な戦略と体制を持つべきか、「VOCへの対応」「僅かな予兆への対応」「ウェブマーケティング」などの目的別に、事例をひもときながら解説していく。

 「ポケットに新聞10年分の情報が入り、世界中の人々と自由に意見交換ができるなら、私たちの知的作業は飛躍的に改善されるだろう」――。今からおよそ20年前、ネットワーク社会の黎明期においてこの天真爛漫(らんまん)な予言がなされた時、その内容を疑う者は誰もいなかった。

 必要な情報をコツコツ集める手間から解放され、多くの人々と多面的に検討し合えることの効用を誰もが信じた。折しも当時はピーター・ドラッカーが提唱した「知識の時代」が一世を風靡した、そんな時期であった。

 では、その結果は、どうだっただろうか?私たちは、昔より物事を深く理解し、適切な判断を迅速に行い、近未来を正しく予測できているのだろうか?残念ながら溢れる情報に押し流されて、アップアップしているだけではないだろうか。つまり20年前に期待された予言は、「適切な情報が大量にあれば、私たちはもっと賢くなれるに違いない」という、短絡的な願望にすぎなかったのである。

 これはちょうど生命科学の分野において、10年前に「DNAの構造を解析できれば、生命の神秘の全てが解明されるだろう」という通説がまかり通っていたこととよく似ている。しかしDNA解析が進んでもまだ、解明へのほんの入り口に立ったにすぎないことが今では判明している。DNAの構造が分かることは「文字(=DNAの塩基配列)が読めるようになった」ことにすぎない。「理解し、意味が分かり、個々の塩基配列の機能が分かる」ようになるまで、さらにとてつもない努力が必要であることを人類は思い知らされたのであった。

 先に述べたネットワーク社会に関する予言もこの話と同様だ。「大量のテキスト情報を収集し、読める」だけでは大きな進歩は無い。まずは大規模情報を理解できることが先決であり、そのためには、テキスト情報の全体像や動向を効率的に分析する手段を獲得する必要に迫られた。

 だが90年代には、まだこうしたノウハウは確立しておらず、教育できる機関もなかった。なぜならこうした課題は、コールセンタの普及を含む広い意味でのネットワーク社会の到来により、人類が初めて直面した課題の1つだったからだ。

 上述のような、大量情報をハンドリングする能力を、本稿ではマイニングスキルと呼ぶ。これはコンピュータの支援を受けながら大量情報の分析を行う技能を指している。

 その目標は「分析システムと人とのコラボレーションによる新たな知の発掘」にある。ここでの分析システムとはテキストマイニングツールを指し、分析ツールと分析者の両方が協業して、知識発見のための試行錯誤を効率的に行うことを目指している。

 筆者らの活動は十数年前にスタートし、進化・発展を遂げてきた。10年前には、数千件のテキストデータを処理するだけでも数時間を要していた分析システムが、今では200万件を十数分でカテゴライズすることも可能となった。

 しかしながら、最終的に「新たな課題」を発見するのは人であり、玉石混交の分析結果から宝を見抜く眼力が必要であることに何ら変わりはない。マイニングスキルは、「業務への洞察力」と「分析ツールを駆使する力」の2つから構成される。これをどのようにしてレベルアップしていくのかが、これからの大きな課題となっている。

 改善すべき課題や問題点を発見するきっかけになるものを「気づき」と呼んでいるが、僅かな兆候に対し「何かおかしい・・・」と感じ取るセンスを磨くことが望まれているのである。

「継続は力なり」、クレームを減らすことはできない

 さて第1回は、企業がテキスト分析を実施する目的の1つである「苦情の分析」について解説する。まずありがちな誤解を解いておくと、「CS(顧客満足度)を向上させれば、クレームは撲滅できる」のかというと、クレームの性質を正しく理解している人ならばそんな発想はしない。減るのではなくて「クレームの内容が変化する」のである。

 件数が減らない第1の理由は、クレームには「苦情」だけではなく、「要望」も含まれるからだ。苦情と要望は判別困難で、その間には広いグレーゾーンが存在する。従って、明確に苦情と分類できるものだけを分析し対策するのでは不十分という考え方が、既に企業では一般的である。もしクレームという表現が、あからさまな苦情だけを指すとの誤解を生んでいるならば、言い方をVOCなどに切り替えたほうがよいだろう。

 第2に、顧客の期待は年々進化しており、CSが向上してもなお、要望は止むことがない。第3に、ほとんどの企業は実際には商品・サービスの幅を拡大するので、やはり苦情は年々増加する。

 こうした傾向を象徴するのが、2009年12月に改正された金融庁の「総合的監督指針」である。この改正で、金融関連の企業が対応すべき「顧客の声」は「苦情」だけでなく、「苦情等(不祥事件につながる恐れのある問い合わせ等も含む。)」に拡大すると明記された。

 その結果、コールセンターに寄せられた問い合わせ全部を分析する必要が生じ、大企業では月に数万~数十万件のテキスト情報を分析しなければならなくなった(月当たり100万件を超える事例も珍しくない)。しかも分析の狙いは、問い合わせ内容の変化を捉える事にあるので、件数の多い意見を分類し、その要因を解明することが不可欠となっている。