「何かあったら徹夜で頑張れば何とかなるものだ」と自身の経験を話すPM(プロジェクトマネジャー)は少なくない。確かに、最後の一押しというときや、突発的な問題を徹夜で切り抜けるというやり方はある。ベテランPMが過去の難局を乗り切った武勇伝としての話なら笑って聞けるかもしれないが、これから始めようとするプロジェクトで「何かあったら徹夜で頑張る」といった決意表明をしているとすると、大いに問題である。

 システム開発プロジェクトでスケジュールを組む際、一般的には1日の労働時間を8時間として計上する場合が多い。つまり、ある成果物を作成するのに要する時間が40時間かかる場合には5日間として計上する。ここで「徹夜で切り抜ける」という意味は、この8時間/日という時間単位を、夜間を利用することにより16時間/日や24時間/日に変更し、成果物作成に掛かる日数を短縮することを指している。すなわち、建設工事などで納期に間に合わせるために短期間で一気に仕上げる「突貫工事」を行うということだ。

 建設工事などにおける突貫工事は、その施工上で品物の入荷が遅延したり、どこかに不具合が発生したりしたために全体工程が遅れてしまっている場合に行われる。そして完成予定日間に合わせるために、通常は昼夜2交代でかつ土日祭日関係無しで対応することになる。

危機的状況を突貫工事で乗り越えてきたNさんのケース

 Nさんはこれまで幾つものプロジェクトで成功を収めてきたベテランPMである。彼は熱血漢であり見た目もエネルギッシュなタイプであった。そんな彼の口癖は、「何かあったら徹夜で乗り切ればよい」であり、酒を飲んでは若手技術者に話していた。

 そんな彼がPMとなったあるプロジェクトでの話である。そのプロジェクトは当初から開発工期が短く、できることならば納期変更をすべき案件であった。しかし顧客の都合で、どうしても工期の延長ができない状況だった。Nさんの周囲は、「開発期間が短いのだから、機能を制限するしかない」と思っていたとき、彼はいつもの調子でこう言った。

 「確かに期間は短いですが、突貫工事をすれば何とかなると思います。このままやりましょう。私なら何とかできます」。彼としては、この言葉はハッタリでも何でもなく、心からそう考えていた。過去に培ってきた経験と実績、そして何より幾つもの危機的状況を突貫工事で乗り越えてきたという自信が彼にこう言わせたのだった。

 周囲の想像通り、プロジェクトは開始直後から厳しかった。要件定義もそこそこに設計を完了し、実装フェーズに入る頃になると忙しさはピークを迎えていた。そして実装フェーズ後半に差し掛かる時点で2週間の遅延となっていたのだった。

 突貫工事の魅力を良く知るNさんは、いまこそ徹夜で一気に仕上げるときだと判断し、その日から3日徹夜で仕上げる日程を組んだ。プログラマは2交代としたが、仕様を押さえるSEは全日程で対応することにした。むろんNさん自身も付き合う予定である。

 Nさんの魅力とエネルギッシュな行動に若手SEは付いていった。どちらかといえば、Nさんに引っ張られた3日間だといっても過言ではない状況だった。そんな突貫工事にもかかわらず、参加したプログラマとSEのモチベーションは最後まで下がることはなかった。キッチリと最後までやりきったのである。その甲斐あって、プログラムの実装完了は遅延2週間を大幅に挽回し、3日の遅延で済ますことができたのだった。

 ここまでは非常に順調に進んだかのように見えた。誰しもが残り1カ月のテスト工程で3日の遅延を挽回するのはそう難しくはないと考えていた。

 しかし、事態はここから急変する。3日間の徹夜作業が終わった翌日、担当した若手SEの一人が体調不良で会社を休んでしまった。緊張の糸が切れたせいか、体に蓄積した疲労が一気に襲いかかったのだ。体が弱ると気まで弱ってしまう。

 若手SEは「忙しい中1日穴を開けてしまって申し訳ない」と思えば思うほど、さらに気が弱ってしまった。そしてそれは、「気が弱ると体も弱る」といった悪循環に入ってしまうことになる。若手SEはその日を境に風邪をこじらせて寝込んでしまったのだ。

 若手とはいえSEを1人欠いた影響は大きかった。3日の遅延は埋まるどころか、またズルズルと遅れだしてしまった。このままではまずいと思ったNさんは2回目の突貫工事を断行する。

 そして何とか納期ぎりぎりで納品することはできたが、今度はNさん自身が体調を崩してしまい、苦労して完成させたシステムのカットオーバーに立ち会えない状況になってしまったのだった。