ソニーは映像配信サービス「Video On Demand powered by Qriocity」(“キュリオシティ” ビデオオンデマンド)を2011年1月26日に日本で開始した。同社のネットワーク対応デジタルテレビ「ブラビア」向けに提供する。

 「Qriocity」は、ソニーがネットワーク機器の利用者にエンタテインメント体験を提供するためのサービスプラットフォームである。Qriocityブランドの国内向けサービスは、今回提供を開始した“キュリオシティ” ビデオオンデマンドが初めてとなる。一方海外では2010年4月に米国で“キュリオシティ” ビデオオンデマンドの提供を始めたのを皮切りに欧州に拡大し、続いて月額固定料金の音楽配信サービス「Music Unlimited powered by Qriocity」(“キュリオシティ” ミュージックアンリミティッド)も順次提供している。

 国内向けの“キュリオシティ” ビデオオンデマンドでは、ハリウッド映画や邦画、およびアニメーション作品などをストリーミング方式で提供する。利用者は対象機器をインターネットに接続し、HDTV版またはSDTV版の作品を視聴する。サービス開始時には200以上のタイトルを準備し、順次ラインアップを拡大する。価格は、1タイトル当たりHDTV版が500~1000円、SDTV版が350~700円である。準備が整い次第、ブラビア以外のソニー製ネットワーク対応機器にもサービスを展開する。

 ソニー NPSG 総合企画部門 事業戦略1部の木元哲也統括部長は、ワールドワイドでQriocityを手がける理由として「ハードウエア単体では製品が成り立たなくなっている。ソニーがハードウエアのビジネスを続けるためにも、コンテンツをユーザーに直接届けるプラットフォームが必要だ」と説明する。こうした方針の下、Qriocityでは動画配信や音楽配信(日本未提供)サービスだけでなく、今後は同社の電子書籍端末「Reader」向けの電子書籍の配信や、ユーザーが撮影した画像や動画をアップロードして公開するサービスなどを追加し、順次ワールドワイドで提供する方針である。

既存サービスとのすみ分けは

 ソニーがQriocityサービスを本格展開するに当たり、グループ企業が国内で既に提供している類似サービスとのすみ分けが必要になる。具体的には、ソニー・コンピュータエンタテインメントが運営するPlayStation 3など向けコンテンツ配信サービス「PlayStation Network」(PSN)と、アクトビラが運営するデジタル家電向け動画配信サービス「アクトビラ」、およびレーベルゲートが運営する音楽配信サービス「mora」である。

図1●QriocityとPlayStation Networkの位置づけ
図1●QriocityとPlayStation Networkの位置づけ
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 このQriocityがサービス運営で利用しているコンテンツ配信システムはPSNと共通で、IDやウォレット(課金情報)を相互に利用できる。つまりPSNとQriocityは一体のサービスで、「ゲーム機向けの入り口がPSN、デジタル家電向けの入り口がQriocityという関係」と説明する(図1)。先行してサービスを開始していたPSNは、ワールドワイドで既に6900万の登録ユーザーがある。なおQriocityが音楽配信サービスよりも動画配信サービスを先に提供しているのは、基となるPSNで動画配信サービスを提供済みだったためだ。

 システムが共通とはいえ、現状ではゲームユーザー向けのPSNと家電ユーザー向けの“キュリオシティ” ビデオオンデマンドを比較した場合に、提供コンテンツの数やサービス内容に違いがある。ラインアップについては、先行して提供を始めたPSNの方が多い。これは単純に配信許諾の問題で、今後追加する作品についてはPSNとQriocityの両方で提供することを前提に交渉を行うため、徐々にラインアップの違いは縮小する見込みだという。

 サービス内容については、ストリーミング配信だけでなく作品のダウンロード販売も行うPSNに対して、“キュリオシティ” ビデオオンデマンドではダウンロード販売を提供していない点で異なる。これは“キュリオシティ” ビデオオンデマンドの対応機器が、現状ネットワーク対応デジタルテレビ「ブラビア」だけで、ブラビアにはダウンロード販売を利用するための記憶装置がないからだという。「今後スマートフォンなどの携帯端末が“キュリオシティ” ビデオオンデマンドに対応するようになれば、コンテンツは端末に保存できた方が便利」(木元統括部長)という考えから、対応端末の拡大を見ながら“キュリオシティ” ビデオオンデマンドでもコンテンツのダウンロード販売を提供する予定である。なお有料コンテンツの価格は既に両サービスで統一している。

 木元統括部長は“キュリオシティ” ビデオオンデマンドの特長として、スマートフォン「Xperia」や携帯ゲーム機「プレイステーション・ポータブル」などを使い外出先でコンテンツを利用できることと、購入コンテンツを異なる端末で利用できる「マルチデバイス対応」であること──の2点を挙げる。「こうしたQriocityの特長を訴求できるコンテンツについてはアクトビラとすみ分けできる」という。一方で「Qriocityの方が操作体感がスムーズだ。コンテンツも順次拡大する予定」といい、テレビのユーザーはアクトビラでどうぞとはならず、部分的な競合は避けられないと考えているようだ。なおQriocityの展開先に関しては、パソコンやスマートフォン向けのサービスは他社の端末にも対応する一方で、デジタル家電向けのサービスについては当面ソニー製品のみが対象となる予定という。そのためアクトビラは、ソニー製の家電製品でのみ“キュリオシティ” ビデオオンデマンドと競合するという構図になる見込みだ。

moraとは異なるコンセプトのミュージックアンリミティッド

 一方、音楽配信サービスのmoraは、“キュリオシティ” ミュージックアンリミティッドが国内で提供された場合もすみ分けが容易という。“キュリオシティ” ミュージックアンリミティッドは月額固定料金(米国では月額3.99ドルと9.99ドルの2プランを提供)のサービスで、クラウド上にある600万曲の音楽ライブラリーからジャンル別、年代別、ムード別のカテゴリーごとにカスタマイズされた音楽チャンネルを、ストリーミング方式で提供する。リスナーごとに最適化されたラジオを定額料金で利用するイメージで、気に入ったアーティストの楽曲やアルバムをダウンロード購入するmoraとはコンセプトが大きく異なる。

 今後は、グループ内で音楽や映画といったソフトを手がける強みを生かし、コンテンツの強化を図る。海外では3Dコンテンツをネット配信するサービスが少なく、米国で30程度の3Dコンテンツを提供している“キュリオシティ” ビデオオンデマンドへの注目は高いという。またワールドワイド向けに一括してコンテンツを調達するスケールメリットを生かし、DVDなどのパッケージと同着、あるいはより早い「アーリーウィンドウ」でのコンテンツ配信にも力を入れる。木元統括部長は海外で提供済みの“キュリオシティ” ミュージックアンリミティッドの国内提供について「市場規模を見てサービス提供エリアを決めている。VODサービスは日米欧で提供済みで、“キュリオシティ” ミュージックアンリミティッドは欧米で提供済み」と答え、具体的な時期には触れなかったものの国内向けのサービス提供時期が近いことを示唆した。

単一プラットフォームとして強い意志で推進

 ソニーが手がけたコンテンツ配信関連のサービスは、欧米で音楽配信サービス「CONNECT Music Store」の閉鎖(2008年)や、国内で動画配信サービス「branco」の閉鎖(2009年)があり、必ずしも順調ではなかった。こうした過去の取り組みと今回のQriocityとの違いについて木元統括部長は「これまではサービスや製品個別のプロジェクトとしてトライアンドエラーを繰り返した結果、失敗もたくさんあった。Qriocityはソニーが手がける単一のプラットフォームとして、強い意志を持って戦略を立てて取り組んでいる」と説明した。

 さらに「2006年に米国で電子書籍端末『Reader』の提供を開始した際はまだQriocityの構想はなく、その頃開始した製品独自のコンテンツ配信サービスは、まだ単独のサービスとして残っている。ただこうしたサービスも将来的にはQriocityに統合するという明確な意志を持って、取り組みを進めている」と述べ、既存のコンテンツ配信サービスも順次Qriocityに統合する方針を示した。