プロジェクトは人が育つ場に意図的に変えることができる。ポイントは、メンバーのスキルと任せる仕事に応じた権限委譲だ。プロジェクトファシリテーションの専門家にそのコツを解説してもらう。
プロジェクトに携わるメンバーをどう育成するかを考えると、マネジャーはすぐに普段のプロジェクトとは別に仕組みを作ろうとしてしまう。「トレーニング」「画期的な育成施策」といった具合にである。しかしそういった取り組みにはとても多くの時間を要する。仕事の効率を犠牲にしてまで取り組む余裕は現場にないはずだ。
結局、人が育つのは「特別教育熱心な上司・先輩についたケース」「本人の成長意欲が特に高いケース」の二つだけ、というのではあまりに寂しい。そこで筆者はこう訴えたい。
「プロジェクトは本来、人が育つという特性を持った環境である。そのような特性を意図的に伸ばすようにマネジャーがプロジェクトを運営する。そのことこそが、育成でもっとも重要なこと。キレイゴトを唱えるよりも成長サイクルを組み込もう」
プロジェクトでの人の成長は、ダイエットに似ている。ダイエットで成功するには「普段からエレベーターを使わない」といった、日常生活での取り組みがものをいう。「PMBOKを勉強した」ということよりも、プロジェクトでの日々の取り組みこそが、人の成長を加速させるのだ。
成長サイクルを意図的に仕掛ける
では、どのような取り組みをプロジェクトですればよいのか。それには図1のような成長サイクルを意図的に仕掛けることだ。筆者自身の経験をベースに、1ステップずつ説明しよう。
(1)背伸び環境を作る
筆者が「一番成長したな」と実感したのは、かなり背伸びせざるを得ない仕事を任されたときだ。古河電気工業という大手企業の人事業務改革プロジェクトに、業務改革担当の主任コンサルタントとして参加した。当時のスキルだけでは到底できない仕事なのに、やり遂げないとプロジェクトは失敗してしまう、とても困った状況だった。
このように「成長しなければ、どうにもならない」という、背伸びを強いる環境注1)に身を置くことからサイクルは始まる。
(2)試行錯誤
人事業務改革プロジェクトを絶対に失敗させるわけにはいかないので、どうすればよいかを必死に考えた。本だろうが、トレーニングだろうが、先輩コンサルタントのノウハウだろうが、それまで学んできたことを片っ端から現場で試していった。自分が経験したことやできることだけで対処していては、太刀打ちできなかったからだ。
(3)スキル不足に気付く
試行錯誤をしてみると、当然うまくいかないことがある。このとき、プロジェクトマネジャーや、ユーザーから受ける「ここがうまくいっていなかった」という指摘が極めて重要な成長の糧になる。同じことが書いてある教科書を読むよりもはるかに切実に感じて「二度と繰り返さないためにはどうしたらよいか」と、必死になるからだ。
(4)成長の定着
試行錯誤の結果、自分でできることが徐々に増えていく。得られた経験を定着させるのに効果があったのは「サンセットミーティング」だ。プロジェクトで一区切りがつくごとに実施する振り返りの場である。ここで「今回新たにできるようになったことは何か」「なぜうまくいったのか」「次回、別の人がやるためにはどうすればいいのか」などを議論した。ノウハウを言語化することで、試行錯誤して得られたノウハウを、自分自身だけでなくプロジェクト全体に定着できた。
以上の四つのサイクルのうち、「(1)背伸び環境を作る」と「(3)スキル不足に気付く」は、マネジャーがコントロール可能な部分といってよい。プロジェクトに意図的に仕掛けることができる。ここからはこの2点を詳しく説明していきたい。
筆者が成長したと実感した、背伸び環境の詳細は、古河電工の関尚弘氏との共著である「プロジェクトファシリテーション」(日本経済新聞出版社)で紹介している。